ひそひそひそひそ…
ごにょごにょごにょ…
「…静かだな…」
教室をぐるりと眺めて、ジャージを着た少年が言う。
「まぁねぇ…今日はアレだし…」
向かいの机でゲーム雑誌を眺めた状態で、メガネをかけた少年が答えた。
「アレか…俺は今年貰えるんだろうか…」
「…どうだろうねぇ…俺はもう諦めたよ…」
君は貰えるだろうけどね…と思いつつ、ちらりとソバカスの委員長を見てから答える少年。
今日は2月14日バレンタイン、世の中の男衆が様々な思惑を心に秘める日であった…。
チョコに混めるモノ
ガラガラガラ…
「ふぅ…。
この時期は水が冷たくてキツイなぁ…」
巨大な弁当箱を持った明が教室内へ入って来た。
「ごくろーさん」
「…キツイなら学校で弁当箱洗わなくてもいいんじゃないか?」
「洗っちまわないと午後匂うんだよ…。
それに…水道代が浮くしな」
おそらく後者が主な目的なのであろう。
「…本当に主夫だな明は…」
「さすがだねぇ…」
2人の言葉を背に受けつつ、弁当箱を自分のカバンへ入れに席に戻る明。
そして2人の前まで戻ってきた。
「んで?何の話だ?」
「あぁ、今日はアレの日だなって話」
「そーそー」
「アレの日?
…あぁ、バレンタインか…そういや今日だったっけ」
「今気づいたんかい!」
「鈍いと言うかなんというか…」
そんなのもあったなぁ的な明へ、2人がツッコミを入れる。
「ま、それも仕方ないよな、明は貰える相手決まってるし」
「そうだよなぁ〜…」
「どうせ毎年、犬神からチョコもらってるんだろ?」
自分の席で、食後の睡眠を取っている初音を見ながら言うジャージの少年。
「いいよなぁ…。
俺なんて母親以外から貰ったこと無いぜ」
羨ましそうに明を見ながらメガネの少年が言う。
「まぁ…たしかに去年はチョコ貰ったけどな…。
『ポッチー』1本だったぞ?」
去年のバレンタインを思い出しつつ答える明。
「…それは……」
明の言葉に、ジャージの少年が言葉を詰まらせつつ言った。
「だろ?
しかも俺と一緒に買い物に行って買ったヤツ…。
それも喰いかけだぞ喰いかけ…かじったヤツぐいっと寄越して…」
「………」
「………」
2人は無言で視線を合わせ、明に言い放った。
「明、お前は俺らの敵だ」
「あぁ、さっさと犬神のとこに行っちまえ、この裏切り者」
「な、なんだ…、どういう…」
「どうもこうもあるか、この朴念仁がっ…」
「畜生、俺だっていつかは…」
何もわかっていない明に詰め寄る2人。
そんな3人を、クラスメイトたちは遠巻きに見つめていた。
「………」
「………」
明たちの教室前の廊下、そこでは2人の女子生徒が顔をつき合わせて話し合っていた。
「…ねぇ…本当に渡さなきゃ駄目…?」
「何言ってんのよ…チョコ用意してきたんでしょ?」
「でも…『宿木先輩』って…『犬神先輩』が…」
ここで少し余談を…。
実のところ、明は結構モテる。
世話焼きで、料理が出来て、色んな意味で目立つ(もちろん初音が絡んでだが)。
その上、特務エスパーとしてバベルに所属している…つまりエリート。
しかし、本人にはそんな自覚はまったく無く、
常にそばに居る初音の存在が、本人に自覚させるのを邪魔しているのであった…。
「そ、それはそうだけど…。
でもただの幼馴染ってこともありうるじゃない、当たって砕けろよ!」
「…そ、そうだね…」
「よし、じゃあ行くわよ!」
ようやく決心のついた友人を引き連れて、女子生徒が明たちの教室の扉を開けた。
ガラララ…
「すいませ〜ん…」
「失礼しま…」
ザァッ………
「!!!」
「!!!」
扉を開けた女子生徒と、その後ろに隠れていた女子生徒に、何ともいいようの無い圧迫感が襲い掛かる。
否、圧迫感ではない、これは…
『殺気』だ…。
「ま、間違えましたぁ〜!!」
「ご、ごめんなさぃぃぃぃぃ〜〜〜!!」
『猟犬』からの殺気を受けた2人は、涙を流しながら走り去っていった。
「…なんだ今の?」
後輩の女子生徒たちの行動がさっぱりわかっていない明。
「…さぁなぁ…」
「…知らないってのは幸せ…なのかねぇ…」
大体見当のついている2人は、眠っている『はず』の初音をちらりと見て呟いた。
「♪〜〜〜」
風呂上りの初音が、鼻歌を歌いつつ上機嫌でリビングへ戻って来た。
「冷えてるかな〜」
そう言いつつ冷蔵庫の扉に手を掛ける初音。
がちゃり…
数日に一度明が使うこともあってか、犬神家の冷蔵庫の中はきちんと整頓されていた。
カリッ…
「…うん、大丈夫だね」
冷蔵庫内に入っていたコップ、そしてその中に立ててあったポッチーを1本かじって、初音は呟いた。
「明〜」
ベランダ越しに、明の部屋の窓を開けて室内へ侵入する初音。
「…まぁ、いまさら何を言うつもりは無いけど…。
どうした?宿題でわからない部分が……それは無いか」
いつもやってないしな…と、思いながら明は読んでいた漫画から顔を上げた。
「はい、チョコあげる」
ずいっ…と、明の目の前に手にしていたポッチーを持ってくる初音。
「…今年もポッチーか…ありがたく頂いておくよ」
学校ではああ言ったものの、内心がっかりしながら受け取る明。
カキッ…
程よく冷えたポッチーが、いい音をさせて明の口の中に入っていく。
「ん…?
なんか普通のポッチーとは違う味だな…新商品か?」
「そう?
もう1本食べる?」
「ああ」
そのままポッチーを食べ進めていく明。
今年は去年とは違い、1本だけくれると言うわけではなさそうだった。
どくんっ…
「………(なんだこれ…)」
初音にポッチーを貰い、食べ始めてから数分後…。
明は自分の身体の変調を感じていた…。
どくんっ…どくんっ…どくんっ…
「うぅっ…(し、心臓がどくどく言ってやがる…なんでだ…)」
数分前から比べ物にならないほど心拍数が上がり、顔も火照っているのがわかる。
そして心の奥底から、目の前の初音を抱きしめたくなる衝動が沸き上がってくる。
「明?どうかした?」
様子のおかしい明に初音が声を掛ける。
少し近づいた初音から、風呂上り特有の石鹸の香りがしてきて益々心拍数が上がっていく。
「な、なんでもない…(こ、この心臓の高鳴りは…まさか…俺は…初音に……)」
もしかして…と、考える明。
「は、初音…」
がしりと、初音の肩を掴んで明が言う。
「………このチョコに何か入れたな?」
「あ、わかる?」
ケロリとした顔で答える初音。
「やっぱりか…何入れたんだ?」
「えっとね〜…。
おじさんとおばさんが送って来た『外国のチョコ』を溶かして、
お父さんとお母さんが送って来た『元気になる薬』を混ぜたの。
それをポッチーの回りに塗ったの」
「…『外国のチョコ』に『元気になる薬』…?」
「うん」
「見せてみろ…」
「わかった〜」
そう言って自宅へ戻っていく初音。
「……とりあえず『手作り』ではあるんだな…」
そう呟いた言葉に、さらに心拍数が上がった明であった…。
「はい、これとこれ…それと手紙も」
初音が自宅から持ってきたモノを明へ渡す。
「……『ガ○ナチョコ』に…なんだこの薬…『倍櫓』?
……え〜っと…何々…?」
明は渡されたモノを見た後、手紙を読み始めた。
『初音ちゃん元気?明も元気してるかな?
もうそろそろバレンタインデーでしょ?
だから特製のチョコを送ってあげるね。
このチョコは食べると元気になる効果があるから、明に是非とも食べさせてあげてね〜』
『やっほー初音、元気?
この間、任務で「人狼の里」があるって言う山を調査していたら、天狗が現れたの。
なんとか倒したんだけど、そしたらこの薬をくれたのよ。
飲むと元気になるって言う効力があるらしいから、疲れたときとか病気のときに飲んでね。
それじゃ、まったね〜』
『『PS.半分は自分で使うから貰っておくわね』』
「ぜってぇわかってやってるな、あの2人はっ!!」
何処か似たもの同士なお互いの母親に、明は肩をプルプルと震わせていた。
「ねぇ明、そのチョコ食べて元気になった?」
明の顔を覗き込むようにして初音が聞く。
「…おかげさまで色んな意味で元気になったよ…」
益々上がっていく心拍数に、切れかかっている理性をなんとか繋ぎ合わせながら言う明。
「よかった♪」
嬉しそうに笑う初音。
「チョコはありがとう、うまかったよ。
でな、明日も学校だからそろそろ寝た方がいいと思うんだが…」
ガ○ナチョコと倍櫓の効力による、初音を抱きしめたくなる衝動を抑えて明は言う。
「うん。
でもその前に…」
初音は、明が手に持つポッチーの1本を手に取って口にくわえた。
「ん」
「…それは…なんだ…」
初音の行動に明が問う。
「去年は間接だったのが嫌だったんでしょ?」
どうやら教室での会話を、初音はそう解釈したようだ。
「………(ぷちっ)」
明は、繋ぎ合わせていた理性が切れる音を確かに聞いた…。
「…明と犬神は休みか…急な任務でも出来たのかな?」
メガネの少年が言う。
「あいつらも忙しいからなぁ…」
もふもふと、ソバカスの委員長から貰った弁当を食べつつジャージの少年が答える。
「…ちっ…俺だっていつかは…」
バレンタインの次の日の昼休み、教室内ではこんな会話がされていたのであった…。
(了)
初出:GTY+
2007年2月14日
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