てくてくてくてく…
がさがさがさがさ…
商店街での買い物の帰り道を、明と初音は歩いていた。
「明〜早く〜」
数メートル先を歩く初音が、後ろを振り返りながら明へ言う。
「…お前…早くとか言うんだったら、荷物を半分持つとかしろ…」
両手に布製の手提げ袋を持った明が言う。
手提げ袋の中には野菜や魚、肉などが詰め込まれていて、かなり重そうである。
「だって重い………」
言葉の途中で足を止める初音。
「どうした?」
立ち止まった初音に、追いついた明が聞く。
「…なんだろ…変な感じがする…」
「変な感じ?」
「うん…背中がざわざわするって言うか…」
そう言いつつ初音が道路のほうを向いた。
今現在2人は、大通りに面した歩道を歩いている。
初音が向いた方向からは、白い軽トラが法廷速度を守ったスピードで走ってきている。
その軽トラが、2人に近づいてきたその時…
バァンッ!!
「うわぁっ!?」
爆発音とともに、軽トラを運転していた男性の叫び声が上がる。
落ちていた釘か何かを踏んでしまったのであろう、前輪の片側のタイヤがバースト(破裂)してしまったようだ。
ギャギャギャギャギャ!!
タイヤがなくなったことによってコントロールを失った軽トラが、こともあろうか2人に向かって来た…。
「マズイ…!」
「………」
小さく叫ぶ明を見て、初音は明の前に立つ。
「初音!?」
「初音が止める、あとはお願い」
明へそう言うと、初音は熊へと変化していった。
ギャギャギャギャギャ!!キキィィィ!!
ドガッ!!
『グフゥゥゥゥゥ…』
軽トラの衝撃を受け止めた初音が、大きく息を洩らす。
「と、止まった…」
「おじさん!エンジン切って!!」
「あ、あぁ…」
荷物を地面に置き、運転席で放心状態の男性に向かって叫ぶ明。
「初音!大丈夫か!!」
エンジンが切れたことを確認して、初音に駆け寄る。
「ふぅ…。
うん、大丈夫」
変化を解いて明へ言う初音。
「…お前…その腕…」
明が初音の右腕を指差しながら呟く。
「え?」
明に言われて初音が右腕を上げると…
初音の右腕は、『曲がってはいけない方向』に曲がっていた…。
骨折り『得』の…
「ほれ、口開けろ」
「あ〜ん♪」
雛鳥よろしく口を開けた初音に、程よく冷ましたグラタンを喰べさせてやる明。
「もぎゅもぎゅ…」
「熱くないか?」
「ちょうどいいよ♪」
「そうか」
「次ちょうだい〜♪」
「はいはい…」
あの事故の後、初音は自分のベッドの上で明の手から夕食を喰べさせて貰っていた。
――――――2時間ほど前――――――
「…あ〜、綺麗に逝っちゃってるなぁ〜…それと軽い足の捻挫か…」
初音をサイコメトリーした賢木がそう呟く。
「さすがに熊に変化しても、芯となる骨は女の子だからなぁ…ポッキリ逝っちゃうわな…」
初音を看護婦に引き渡し、明の前に座る賢木。
どうやら腕をギブスで固定するようだ。
「…どれくらいで治りますか?」
心配そうに明が賢木に聞いた。
「そうだなぁ…初音ちゃんは傷の治りが早いから、1ヶ月掛からないと思うぞ。
ま、こればっかりは様子を見ていくしかないしな」
普通は2ヶ月くらい掛かるんだけどな…と続けて言う賢木。
「そうですか…」
「ゆっくり看病してあげろよ。
利き腕使えないんだから、食事も喰べさせてあげないと駄目だろう?
こう、甘ったるい空気を出しながら『あ〜ん』ってさ」
ニヤニヤと笑いながら明へ言う。
「そ、そんなことは……!!」
顔を真っ赤にしながら反論する明。
「ここで否定しても、どの道そうなるしかないんだけどなぁ…」
諦めろ…と言った目で明を見ている賢木。
そこへ、看護婦に連れられた初音が戻ってきた。
「うん、出来るだけ動かしちゃ駄目だからな。
あと、風呂には入らないように。
髪洗うくらいならいいけど、身体はお湯につけるなよ。
どうしても痒くて我慢出来ないなら、『明』に身体を拭いてもらえばいいから」
「ちょっ…賢木先生!
何さらっと問題発言してるんですか!!」
焦りながら明が叫ぶ。
「あはははは!
とりあえず、今日は帰っていいぞ。
明日もう一回診察受けにきな、事故の傷ってのは次の日に痛むことが多いから」
賢木の言葉に見送られながら、2人は自宅へと戻って行った。
「…何もかもが賢木先生の予想通り…か…」
「え?」
明の呟きに初音が聞く。
「いや、なんでもない…」
止めていた手を動かして明が言う。
夕食を終えて、明は今…
初音の身体を濡れタオルで拭いていた。
と言っても、残念ながら(?)下着姿であるが。
「ほれ、終わったぞ」
なるべく正視しないように、上半身を拭き終えた明が初音に言った。
「うん、じゃ次は下を…」
「それは自分でやれっ!」
ごそごそと左手でパジャマのズボンを脱ごうとした初音を制す明。
「ちぇ〜…」
「残念がるなっ!
というか少しは恥じらいを持てよ…」
「え〜…。
じゃあ頭洗ってよ、汗かいたからべたべたする」
「ん、わかった。
洗面所に移動するか…」
初音に肩を貸しながら、明は洗面所へと向かって行った。
ざばざばざばざば…
わしゃわしゃわしゃわしゃ…
「お湯熱くないか?」
「ちょうどいいよ〜」
明の質問に答える初音。
初音は今、タオルを首に巻いた状態で明に頭を洗って貰っていた。
「あ、耳の裏が痒い」
「はいはい…」
初音の言葉通り、耳の裏を掻いてやる明。
「そろそろ流すぞ〜?」
「うん」
そう言って初音の頭を洗面台に向け、ノズルからお湯をかける。
髪に付着していたシャンプーの泡が、見る見るうちに流されていく。
「ほい、終わりっと…」
初音に声をかけて元の位置に座らせ、長めのバスタオルを使って濡れた髪を拭いていく。
「…うっ…」
不意に視界に入ってきた濡れたうなじに、ドキッとしてしまう明。
「どうかした?」
「い、いや…お、お前、髪長いから苦労するよなぁ…」
動揺を抑えつつ、初音に言う。
「そう?ほっとけば乾くよ?」
「…ドライヤー使わないのか…?」
「うん」
「………」
カチリと、洗面台の脇に置いていたドライヤーのスイッチを入れる明。
ブオォォォ〜〜〜…
「ちゃんと乾かさないと髪の毛痛むぞ」
根元から丁寧に、ゆっくりと乾かしながら明が言う。
「だってめんどくさいし…。
あ、そーだ。明が乾かしてくれれば良いんだ」
「…俺がかよ…」
「うん。
明の手、気持ちいいし」
ニパッと、鏡越しに明へ笑う初音。
「うっ…じ、時間が合ったらな…」
「うん、よろしくね」
…余談だが、明はこのあと毎日初音の髪をブラッシングをすることになる。
そして毎回毎回、濡れたうなじにドキドキしてしまうのであった。
―――閑話休題―――
「おやすみなさ〜い」
「…おやすみ…」
髪を乾かし終わったあと、しばらくして2人は初音のベッドの中に居た。
…と言っても別にそんな(どんな?)展開になったわけではなく…
『夜中に目が覚めても、明が居ないとトイレに行けなくなる』
と、言い出した為である。
当然明は拒否して『床に寝る』と言ったのだが、今の時期床に寝るなんてことは自殺行為もいいところである。
寒さで睡眠不足(もしくは永眠)になるか、それとも暖かくて睡眠不足になるかを天秤にかけた結果、後者を選択したのであった。
「くー…すー…」
数分後、明の腕を枕にし、折れた右腕を胸の上で固定させた状態で寝息を立てる初音。
右腕に負担をかけずに寝るとすれば、これがベストな選択だと思われる。
「………(うぅ…ふわふわでいい匂いのする髪が…髪がぁ〜〜!)」
目を閉じて、何とか邪念を振り払おうとしている明…。
その苦悩は、深夜2時ごろまで続くのであった…。
合掌…。
「…こんにちは〜」
「…ちわーっす…」
「よぅ、来たな2人とも…って…やつれたな明…」
診察室に入って来て、元気良く挨拶した初音と力無く挨拶をした明。
そんな2人を見て賢木が言った。
「ははは…ちょっと寝不足でして…」
「…何があったか知らないが…若いからってそう何度も…」
「何の話をしてるんですか何の!!」
賢木の言葉に反論する明。
「あははははは!
冗談冗談、んじゃさっさと診察しますか…初音ちゃん、手ぇ出して」
「はい」
初音が賢木に左手を差し出す。
「あ、俺ちょっとトイレ行って来ますね」
「お〜、行って来い行って来い」
初音の手を握り、明へ言う賢木。
「さてと、傷の具合はどうかなぁ〜…」
そう言いながらサイコメトリーを発動する。
キュン!!
「………あれ?」
「………」
初音の右腕の骨折の具合を読んだ賢木が疑問符を上げる。
「…初音ちゃん…もしかして…」
おそるおそる…と言った風に賢木が初音に言う。
「…賢木先生…」
ギラリ…と、獣の眼で賢木を睨みつけながら初音が呟く。
「ひゃ、ひゃいっ!?」
蛇に睨まれた蛙のように、びくりと身体を震わせて賢木が言う。
「…『傷の治り具合』はどうですか?『どれくらいで治りそう』ですか?」
賢木を睨みつけながら言う初音。
「…そ、そうだなぁ〜………やっぱりあと『1ヶ月』くらいはかかるかなぁ…はははは…」
「そうですか」
視線を元に戻して初音が言う。
「ふぅ、診察終わりました?」
手をハンカチで拭きながら明が戻ってきた。
「うん、やっぱりあと『1ヶ月』くらい掛かるって」
「ありゃ、やっぱそれくらい掛かりますか…ま、仕方ないな…」
骨折だしなぁ…と、言う明。
「そ、そうだな…他に痛みは無いみたいだし、あとはのんびりと治すしかないな…」
まだ若干怯えながら賢木が言う。
「じゃ、1週間に1回ぐらい診察受けに来れば良いですかね?」
「あ、あぁ…もし痛みが出たらすぐに来いよ」
無いと思うけどな…と言う言葉は心に仕舞いこむ賢木。
「わかりました。
それじゃ今日のところは帰りますね、ありがとうございました」
「さようなら〜賢木先生」
そう言って2人は診察室を出て行った。
「……はぁっ…頭から喰われるかと思った…」
2人が出て行ってたあと、診察室にはイスに身体を預けて息をつく賢木の姿があった。
「まさかとは思ったが…1日で『治ってる』とは…。
悪いな明、俺も命は惜しいんだ…おとなしく喰われてくれ…」
ぽつりと呟いた言葉の意味は、賢木と当人以外に知られることは無かった…。
(了)
初出:GTY+
2007年 1月15日
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