「…すぅ……はぁ…」

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

「………」

 目を瞑り、額に人差し指と中指を当てて精神を集中する。

「………」

 存在しない第3の腕を伸ばすイメージを描きながら、身体からチカラを解放する。



ズ…ズズズズズ…



 視えない腕をエモノへ伸ばし、精神を掌握す…



『ピィィィィッ!!』



パタタタタタ…



「ぶはぁっ…はぁ…はぁ…。
 くそっ!また失敗かっ!!」

 空を見上げながら叫ぶ明。
 視線の先には、羽を羽ばたかせながら飛ぶ小鳥の姿があった。

「なんで操れないんだよ…」

 ギリリ…と歯噛みをしながら明は呟く。
 その顔には苛立ちが目に見えていた。









初めての痛み









「ねぇねぇ明〜遊ぼうよ〜」

 明の心境を知ってか知らずか、退屈そうに声を掛けてくる初音。

「…俺は忙しいんだ、1人で遊んでろよ…」

 苛立ちを抑えつつ、明は初音へ言う。

「え〜、1人じゃつまらないよ〜」

 不満を隠さずに言う初音。

「昨日テレビでやってた奴やろうよ。
 明が投げたボールを、初音が『変化』して取りに行くの」

「…だから俺は忙しいんだって…」

「遊ぼうよ〜。
 超能力の練習はいつでも出来るよ〜」

 明の服を引っ張りながら、初音は駄々をこねる。

「………」

 ピシッ…と、明の表情が硬くなる。

「ねぇねぇ、遊ぼうよ〜あ〜そ〜ぼ〜よ〜」



ぶちっ…



「…だぁぁぁ!!!
 いいか初音!俺はお前みたいに自然と超能力が使える訳じゃないんだ!
 父さんと同じ能力があるけど、俺は練習しないと使えないんだよ!!」

 苛立ちを抑えきれなくなったのか、明は叫んだ。

「だから俺の邪魔をしないで1人で遊んでろっ!
 うまく使えるようになったら遊んでやるから!!」

 そうまくし立て、シッシッと初音を遠ざける明。
 そしてまた目を瞑り、精神集中を始める。

「む〜。
 いいもん、1人で遊んでるから…」

 明の言葉にむくれつつ、初音は1人で遊び始めるのであった。



「…また失敗だ…」

 何度目であろうか。
 もう回数を数えるのも面倒になって来た頃、ようやく明は目を開いた。

「1回休憩するか…。
 そういや初音はどうしたかな」

 身体をほぐしつつ、辺りを見渡す明。
 しかし、初音の姿は見つからない。

「どこ行ったんだあいつ…?
 …さっきのにいじけて隠れてるのか?」

 仕方がないな…と、呟きながら明は歩き出す。

「お〜い初音〜!」

 初音の名を呼びながら歩く明。
 しかし、返事は一向に返って来ない。

「まさか帰ったのか…?
 でも、今までそんなことなかったからなぁ…」

 頭をかきつつそんなことを呟いていると、背後からがさりと物音がした。

「………」

 明が振り返ると、そこに居たのは無言で立つ初音であった。

「なんだ、いるんじゃないか。
 あ〜…さっきは俺が悪かったよ、つい言い過ぎた。
 一回休憩するから、少し遊………」



ゴォォォウッ!!



 明の言葉がすさまじい旋風にかき消される。
 今まで明が居た場所には巨大な狼が存在しており、とっさに横に飛んだ明を睨みつけていた。

「な、なんだっ!?
 初音っ!悪ふざけはよせっ!!」

『………』

 明の言葉に、初音は無言で視線を返してくる。
 その瞳はギラギラと輝いており、獲物を狙うケモノそのものであった。

『グルルルル…』

 身体を屈め、明に向かって唸り声を上げる初音。

「は、初音さん…?」

『ガァァアァァアア!!』

 砲哮を上げて明へ襲いかかる。

「どわぁぁぁぁっ!!」

 紙一重で初音の攻撃を避ける明。

『ガァッ!!』

「うぉっ!?」

 着地の瞬間身体を反転し、初音は連続して攻撃をしかける。
 2度目の攻撃は完全に避けることは出来ず、明の頬に数本の紅い線を作った。

「…つっ…」

 ぐいっと、頬を拭う明。
 手の甲は薄く血で染まっていた。

「…暴走…か…。
 俺のせいだよな…ごめんな初音…」

 ぺろりと付着した血を舐める。
 混乱していた頭の中が、頬の痛みで冷静さを取り戻してくる。

「犬神家の能力の特性は…空腹になればなるほど野生の力を得るんだったっけ…。
 でも、このまま初音を町の中まで連れてけないし…」

 何かないか…と、初音から視線をそらさずに周囲に意識を向ける。

「…ウサギが1匹…」

 感覚が鋭くなっているのか、普段よりも素早く動物を探知する事が出来た。

「…やるしかないな…」

 そう呟いて視えない腕をウサギへと伸ばしていく。
 ウサギの精神に腕が届き、包み込む。

(ごめんな、お前の命を使わせて貰う…)

 心の中でウサギへ謝り、身体を奪い取る。
 次の瞬間、明はウサギの眼から自分の背中を見つめていた。

「…そうか、相手の身体を乗っ取るって事は相手の命を奪う覚悟が要るって事なんだな…」

 自身の能力の真の意味を悟り、自責の念に駆られる明。

「お前の命は無駄にしない…。
 さぁ喰え初音っ!この俺をっ!!」



しゅばっ!!



 力の限り跳躍し、ウサギは初音の目の前へ飛び込んで行く。



『ゴハンッ!!』



がぶぅぅぅ!!



ゴキィッ!!!



「ぐはぁっ!!」



 初音に咬まれたウサギの痛みが、明の身体へフィードバックしてくる。

「ぐおぉぉぉ…。
 そ、そうか…身体を乗っ取るって事は痛みも俺に来るって事か…」

 痛みに悶えつつ、明は自身の能力を文字通り痛感した。

「………あれ…?」

 ウサギを食し終えて空腹から脱したのか、キョロキョロと辺りを見回しながら初音が立ち上がる。

「よかった、元に戻ったか初音…」

 痛みの為に倒れ伏したままの明が初音へ言う。

「明!?」

 倒れている明を見つけ、初音は駆け寄って行く。

「ど、どうしたの!?
 それに初音は今まで何を…」

 暴走している間の記憶がないらしい初音。
 わけがわからず、おろおろと混乱している。

「そ、その傷…!」

 明の頬に出来た傷を見つけ、初音は声を上げる。

「変化して遊んでたらお腹が空いてきて、そこから記憶がなくなってて…。
 もしかして…初音が明を…」

 徐々に初音の声が小さくなっていき、目には涙が溜まっていく。

「違う、この傷は俺が馬鹿だから付いた傷だ。
 俺が自分勝手で、初音を1人にしちまったから出来たんだ。
 お前が悪いんじゃない」

「で、でも…」

「いいんだよ。
 それに、お前のおかげでチカラが使えるようになったしな」

「本当?」

「ああ、ほら」



ヂチチチチ…



 パタパタと羽ばたいて、小鳥が初音の肩に止まる。

「わぁ〜」

「な?
 俺がチカラを使えるようになったのはお前のおかげなんだよ。
 だから気にするな、な?」

 くしゃくしゃと、初音の頭を撫でながら言う明。

「うん…。
 ごめんね明、ありがとう…」

「だから謝るなって。
 俺もお前もまだまだ練習中なんだから、これからも頑張ろうな」

「うんっ」

「…暴走しないように、腹が空いたら早めに言えよ?」

 先ほどの痛みを思い出したらしく、念を押す。

「…うん?」

 首を傾げながらも答える初音。

「よし、それじゃ帰るか…。
 今日はやけに疲れたよ…」

 よろよろと立ち上がる明。

「うん、もう夕方だもんね」

 立ち上がる明を支えるように、初音は明の腕を掴む。

「………」

「ん?どうした?」

 足を止める初音に聞く明。

「まだ血が出てる…」

「ああ、気にするなよ。
 こんな傷、舐めりゃ治るから」

「…じゃあ初音が治す」



ぺろり



「な…」

 頬に触れた生暖かい感触に、明は言葉を詰まらせる。
 その感触の意味を理解して徐々に顔が赤くなっていく。

「…血の味がする…」

「そ、そりゃそうだろうっ」

 声を荒げながら言う明。

「明、初音強くなるから。
 強くなって、明に怪我をさせないように守るから」

 真っ直ぐに、明を見つめながら初音は言う。

「…普通、そう言うのは男の方から言うんだけどな…」

 溜め息を一つついて明は続ける。

「俺も強くなるよ。
 初音に守って貰うだけじゃなく、初音を守れるようになる」

「…うん、頑張ろうね」

「ああ、頑張ろうな」

 お互いに頷き合い、手を取り合って歩き出す2人。
 夕焼けに照らされる2人の影は、長く永く寄り添った姿で伸び続けるのであった。



(了)



初出:サイトオリジナル
2009年 1月15日

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