夕日が街をオレンジ色に染める時間、高校の制服を着た少女が買い物袋を手にして歩いていた。

「今日はお肉が買えて良かったね貧ちゃん♪」

 少女は隣にぷかぷかと浮いている、ウエスタン風の格好をした生き物に声を掛けた。

『せやなぁ。
 まさか売り場に行った瞬間に、あの幻の『9割引シール』が貼られるなんて…。
 ようやくワイも『福の神』としての力が発揮出来て来た言うことやな!』

 『貧ちゃん』と呼ばれた自称『福の神』は、自信たっぷりに言った。

「期待してるからね、貧ちゃん♪」

『おう、まかしときっ!』

 少女、小鳩の言葉にドンッと胸を叩く。


「………ぃぃぃぃぃぃ………」


『ん?なんや?』

「貧ちゃん、どうかした?」

『いやな、「暴れ馬に乗せられて、振り回されてる人」のような声がした気がしたんやけど…』

 後方を眺めながら言う貧。

「まさかぁ、街中にそんな人居るわけないよ」

『それもそうやなぁ』

「でも、横島さんだったらありえるかも…」

 隣の部屋に住む、奇想天外な人生を歩んでいる少年を思い出しながら小鳩は言う。

『あぁ、あいつならありえるなぁ…』

 ある意味貧乏神よりも不運で、福の神よりも幸運な男を思い出す貧。
 しかし、忘れてはならない。
 自分自身も不幸と幸運を司るモノだと言うことを。


『ガァァァァァァッッ!!!』


 小鳩と貧が歩く位置から数十メートル先の曲がり角。
 そこから雄叫びを上げつつ飛び出してきたのは、巨大な狼だった。


「に、逃げて下さいぃぃぃぃ〜!!」


 巨大な狼の背中にしがみ付いている少年らしき影が、小鳩と貧を見つけて息を切らせながら叫ぶ。

『な、なんやっ!?』

「きゃぁっ!?」

 数瞬のうちに、2人の目の前まで走り寄って来る狼。
 ぎりぎりのところで、2人は狼を避けることが出来た。


ギャギャギャギャッ…!!


 アスファルトの路面の上に爪を立て、狼は小鳩と貧へ向きを変える。


『グルルルルル…』


「お、おい初音っ!落ち着けっ!!」


 狼の背中にしがみ付いている少年が叫んでいる。
 だが少年の叫びが聞こえていないのか、狼はなおも小鳩と貧に唸り声を上げる。

「ね、狙われてる!?」

 狼の視線に怯えつつ、小鳩が悲鳴に近い声を出す。


『ニク…ヨコセ…』


 唸り声に混じって、人語を話す狼。

『ま、まさかその肉が目当てなんか!?』

 小鳩が胸に抱く買い物袋に目を向ける貧。
 どうやら狼の狙っている物はそれで間違いないようだ。


『ガァァァァァ!!』


『小鳩っ!どきぃ!』

 吼えながら突進してくる狼からかばうように小鳩の前に浮き、貧が叫ぶ。



ドゴォンッ!



 何かがぶつかる音がして、土煙が立ち込める。

『小鳩っ!無事かいなっ!?』

「けほけほ…だ、大丈夫」

 土煙にむせつつ返事をする小鳩。

『そか、それは良かったで。
 にしても今のやつらは一体…』

 そう言いながら辺りを見渡すと、徐々に土煙が薄れて来る。
 その中心には、先ほどの狼に乗っていた少年が倒れていた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 小鳩が少年に駆け寄る。

「き、気絶してる…」

 少年の頭には大きなこぶが出来ている。
 どうやら振り落とされて壁にぶつかってしまったようだ。

『小鳩、気ぃつけぇよ。
 さっきのヤツがまだおるかも知れんからな』

 キョロキョロと見渡す貧。

「う、うん…。
 でもあんなに大きな狼、一体何処に行ったんだろう…」

『さぁなぁ…。
 あんなデカイ図体のヤツが隠れる場所なんて…ああぁあぁああぁぁ!!』

 何かに気付いた貧が叫び声を上げる。

「び、貧ちゃんどうしたの!?」

『し、しもたぁぁぁぁぁぁっ!!』

「一体何が…あぁぁぁっ!」

 小鳩も気付き、『それ』を指差しながら叫ぶ。
 指を差した先には、ぽっかりと口を開けた『がま口』が存在した…。




2人の道




「う…ここは…?」


 頭を振りながら起き上がる少女。
 辺りを見渡すと、周りは暗闇。
 しかし、局地的にライトが当たっているかのように道が浮かび上がっていた。

「…何ここ?ドアと窓?」

 道は3つに分かれており、1つは工事中の柵が置かれている。
 残りの2つの道にはドアが繋がっており、その隣りには覗く為の物か、窓が存在した。

「???」

 疑問符を浮かべながらも、とりあえず右側の窓を覗き込んで見る。




「ご主人様、お食事の準備が出来ました」

 初老の執事を着た男性が、ライオンを背中にもたれていた女性に声を掛ける。

「うむ…」

 女性が頷くと、その前に大量の食事が運ばれてくる。

「本日は最高級仙台牛を一頭丸ごと使用したフルコースとなっております」

「…さすがだな、フランスからシェフを呼びよせただけのことはある」

「はっ…」

 深く礼をする執事をよそに、女性は食事を続けていった。




「…私…?」

 年齢は20歳前後に見えるが、髪型や色、顔から見るにおそらくそうであろう。
 しかし、何故未来の自分が窓の中にいるのだろうか。

「…じゃあこっちは?」

 今度は残る左側の窓を覗き込む。




「…今日は芋1個ずつか…」

 ぐつぐつと、囲炉裏にかけた鍋で煮ていた芋を取り出す男性。
 それをひびの入った器に移し、周りの家族へ回していく。

「とうちゃん、おなか空いたよぉ…」

「もっと食べたいよぉ…」

 小学生くらいの男の子と女の子が両親へ言う。

「ほら、俺の分やるから半分こにしろ、な」

 手をつけていなかった芋を子供たちへ渡す男性。

「…私のを半分…」

「お前はちゃんと喰え。
 俺は喰わなくても大丈夫だから」

 妻が差し出そうとする芋を手で制す。

「ごめん…」

「気にするなよ、お前だけのせいじゃないんだからな」

 うつむく妻に、夫は優しく声をかけるのであった。




「………」

 右側の窓と同様、未来の自分が写っている。
 しかし、こちらは右側とは大きく違っている。

「どっちかを選べと言うこと…?」

 自分がここに居る理由はわからないが、おそらくはそうであろう。
 悩みながら、少女は両方の窓を再度覗き込んだ。




『失敗したらわいはまた貧乏神に戻ってしまう…』

「気にしないで貧ちゃん、また前の生活に戻るだけじゃない」

 暗く沈む貧へ言う小鳩。

『このガキがあんなけったいな狼なんかを連れてこなければっ!!』

 がくがくと、少年の胸元を掴んで揺さぶる貧。

「大丈夫だよ。
 それにほら、もしかしたら正しい方を選んでくれるかも知れないじゃない」

 明るく前向きに小鳩が言う。

『それはそうやけど…。
 しかし、あの餓えた狼が赤貧のドアを選ぶとは思えへんし…』

 ちらりと、首から下げたがま口を見やり、貧は呟くのであった。




「………」

 しばらく考えていた少女だったが、覚悟を決めてドアノブを掴んだ。

「…貧乏でも、明と一緒の方が良いよね」

 そう呟いて、少女は左側のドアを開くのであった…。




バカァッ!!バシュッ!!


 激しい音とともに、少女ががま口から飛び出してくる。

『…!!
 やりおったっ!!』

 それと同時に、貧の身体が今までよりも強い力に溢れてくる。
 少女が正解を選択した為に、福の神としての力が高まったようだ。


「あ、あれ?ここは?」


 周りを見渡しながら少女が言う。

「あ、明っ!」

 気絶している少年を見つけ、駆け寄って抱き上げる。

「う…初音…?」

「大丈夫?」

「いつつ…俺は…?」

 痛むのか、頭を抑えながら言う少年。

「あ、初音っ元に戻ったんだなっ!」

 気を失う前のことを思い出したらしい少年は、少女に言った。

「うん」

「良かった…。
 …まさかさっきの人たちの肉をっ!?」

 先ほどのやり取りを思い出し、小鳩たちを見る少年。

「あ、いえ、お肉は取られてないから大丈夫ですよ」

 横に手を振りながら小鳩は言う。

「そ、そうですか、それは良かった…。
 ほら初音、迷惑掛けたんだから謝れ」

「…ごめんなさい…」

 少年に言われ、素直に謝る少女。

「いえ、こちらは無事だったんですし、気にしなくていいですよ」

『どちらかと言えば、こっちは得したしな』

 笑みを浮かべながら言う貧。

「え?」

『いやいや、こっちの話や』

「そ、そうですか。
 それじゃ俺たちはこの辺で失礼します。
 ほら、帰るぞ初音」

「うん。
 おなか空いた〜」

「わかった、帰ったらすぐ作ってやるから…。
 まったく、もう少しでバベルの試験があるってのにすぐに暴走するんだからお前は…」

 そう言いながら、少年と少女は立ち去って行く。




「いいなあ、あの2人…」

『そうやなぁ』

 立ち去る2人を見つつ言う小鳩と貧。

「…ねぇ、貧ちゃん」

『なんや?』

「さっき、貧ちゃんの福の神の力が上がったんだよね?」

『そうや、これでもっと運勢が良くなるでっ!』

 任せろ!と言わんばかりに言う貧。

「…その上がった分の力を、あの子たちに分けれないかな?」

『へ!?』

 小鳩の言葉に、貧は素っ頓狂な声を上げる。

「だってほら、力が上がったのはあの子たちのおかげでしょう?
 それに、あの子たちも苦労してるみたいだし…ね?
 私とお母さんは今までの貧ちゃんの力があれば十分だから」

『小鳩がそう言うならええけど…ほいっ』

 渋々と、貧は遠くに見える少年と少女に向かって福を授ける。

『これでさっき増えた分はあの2人に授けたで』

「うん、ありがとう」

『まったく、ほんまに小鳩は欲が無いなぁ』

「いいの、今回のは事故みたいな物なんだから…。
 ほら、お母さんが待ってるから早く帰ろう?
 お肉が悪くなっちゃうよ?」

『おぉっそうやったな!』

 そう言って2人は自宅への道を歩み始めて行くのであった。






 それから数日後、先ほどの少年と少女は特務エスパーの採用試験に合格することになる。
 それに関して福の神の力が作用していたかどうかは、本人たちはおろか福の神自身も知ることは無かった。



(了)



初出:サイトオリジナル
2008年12月21日

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