どどどどどどどど……



『ガァァァァァァァ!!』



ばきゃぁん!どがぁ!!



 激しい地鳴り、獣の叫び声…そして破壊音…。



「あぁ〜〜、ごめんなさいぃぃぃ〜〜…って言うか逃げて下さい〜〜!!」



 都内某所にある某漁港の海鮮市場。
 そこでは、一匹の大型獣が暴走していた…(何故か背中に少年を乗せて)。









激闘!海鮮市場!!









『ハッハッハッハッハ…』

 海鮮市場の中を、本能のままに走り回る初音。

「あ〜もう…。
 なんだってこんなとこまで来るかな…」

 狼と化した初音の背中にしがみ付きながら、明が呟く。

「しかぁし!ここは幸いにして海鮮市場!食材が豊富だぁ!!!」

 さてどれにするかな…と、周りを見回す明。
 しかし、そこでとある事実に気付く。



「…って魚はほとんど死んでるやん!?」



 確かに、普通は市場に出ている魚は死んでいるか冷凍されたものである(例外として貝などは生きているが)。
 初音が周りの食料に目を止めずに走り回っているのは、冷凍物を嫌っているのかもしれない。

「くっ…どうするか…」

 その時、明の目にいくつかの発泡スチロールが映った。

「…あれは…タコか!?
 アレなら生きてるな!!」

 水が張ってあり、中から墨が吐き出されているのを見てそう判断した明。
 すかさず操り、勢いをつけて水から飛び出させ、初音の目の前にタコを移動させる。
 もちろん1匹では足りないので、初音の背中から飛び降りて積んである発泡スチロールをなぎ倒し、いるだけのタコを初音に向かわせる。
 なぎ倒した発泡スチロールから、にゅるにゅると床を這いながら大量のタコが初音に向かっていく。
 その様はコメリカの方々が『デビルフィッシュ』と呼ぶにふさわしい光景であった…。



『ゴハン!!!』



 もっちゃもっちゃと、タコを喰べ始める初音。
 が、一斉にやって来たタコ全てを一度に食べることは出来ず、一匹ずつ租借していく。
 いまだ喰べられていないタコたちは、『はよ喰え』とばかりに初音の身体を上っていく。



「どんどん喰え〜!!……って……」

 明は初音を見て何故か固まる。
 そして少しずつ顔が赤くなっていく…。



「う…あ…」



 何故か身体をもぞもぞさせ始める明。



 状況を整理しよう…



 タコを一匹ずつ食べる初音 +

 残りのタコは『初音の身体』を『這いずり回って』口元へ上っていく +

 タコの『感覚』は操っている『明自身』に戻ってくる =



 『自分』が『初音の身体』を『這いずり回ってる』感覚が…



「…ぶぱっ(鼻から大量の出血)」

「…?明?」

 何匹かタコを喰べて空腹から脱したのか、初音が突然鼻血を出した明へ近づいて行く…(タコをつけたまま)。



「…待て…頼むからそれ以上近づかないでくれ…」



 何故か初音に背を向けて座り込む明、それも若干前かがみ状態で…。

「…?」

 疑問符を上げながらも、言われたとおり正直に足を止める初音。



「……!!」



何かを思いついたのであろう、初音のにんまりと顔が笑顔で歪む



「興奮した?」



「!!!」



 初音の質問に、びくりと明の背中が震える。
 それは『肯定』の答え以外に無かった…。



「そっかぁ〜♪」



「(しくしくしく…)」



 嬉しそうに笑う初音。
 そして、全てを悟られてしまった明はただただ泣くしかなかった…。












にゅる…にゅるにゅる…



 初音の背後から粘着質な音がする。

「ん?」

 最後の一匹を飲み込んで、初音は音のするほうを向いた。

「(どいっさいくやくしゃりし…)」

 ちなみに明は般若心経を唱え、煩悩を吹き飛ばそうとしている。



「うわぁ〜〜!?」



 突然、初音の叫び声が響き渡った。



「は、初音!?どうした!?」



 明が背後を向くと…
 そこには…



 巨大なタコが、初音の胴体を足で掴んで持ち上げていた…。






「うぅ〜〜〜!離せぇぇぇ!!」

 もがく初音。
 しかし巨大なタコの力が強すぎてぴくりともしない。

「な、なんだこいつは!!」

「『マザー』じゃ…」

 何処からとも無く老人の声が聞こえてきた。

「誰だ!?」

 明が声がした方を向くと、そこには杖をついた老人が立っていた。

「ワシはこの店の主…。
 そんなことより、あの巨大なタコは『マザー・オクトパス』と呼ばれるタコの母なる存在…。
 おそらく嬢ちゃんに子供たちが喰われたことに腹を立てたのであろう…」

 老人は、恐怖に震えながらそう呟いた…。

「あんなに巨大なタコ…どうすれば…」

 自分よりも二周りほど大きいタコを目の前にして戸惑う明。

「うぅ…明…」

 『マザー』が力を込めたのであろう、初音が苦しそうな声を上げる。
 そして海に引きずり込もうとしているのか、徐々に背後に下がっていく。

「初音…!
 爺さん、何か方法は無いのか!?」

 叫ぶ明。

「…店の中に『蛸引き包丁』がある…。
 じゃが料理をしたことの無い者では扱えないぞ…」

「大丈夫!料理はプロ級だ!!」

 そう叫ぶと店内に入り、『蛸引き包丁』を手にする。

「…念の為に『これ』も持って行くか…」

 同じく店内にあった『塩壺』も手にして『マザー』へ走って行く明。



「初音〜!動くなよ!!」



スパァン!!



ドスン…



 『マザー』の足が、初音を掴んだまま地面に落ちる。



『!!!』



ザパァン!!



『マザー』は慄き、そのまま海の中に逃げ帰って行った。



「逃げたか…。
 初音!大丈夫か!?」

 『マザー』が逃げたのを確認し、初音に向かって行く明。



「うぅ〜!外れない〜!!」



 初音を掴んだ足は、最後の足掻きなのか、苦しそうに暴れ、にゅるにゅると初音の身体を這いずり回っていく。

「くっ…初音を離せ!!」

 明が足を剥がそうとするも、ぬめりと吸盤によって妨げられてしまう。

「持って来て良かった…初音、ちょっと目と口を閉じとけよ!」

「う、うん!」

 明は叫ぶと、持って来ていた『塩壺』から塩を手に取ってぶちまける。
 そして満遍なく塩を蛸足に塗りたくった。



「よし、良いぞ初音…」



 塩で足のぬめりを落とし、初音にかかった塩も取ってやる。

「うん…。
 あ、取れた…」



ずるり…



 初音に絡み付いていた足が鈍い音を立て、地面に落ちた。

「ありがとう明…かっこよかったよ!」

 感極まって明に抱きつく初音。

「うっ…」

 抱きつかれるのはたまに有ることなので気にしないが、今日は勝手が違っていた。
 何処が違うかと言うと…



 うなじに…



 タコのぬめりが残っていたのだ…。



「………」

「……明?」

 押し黙っている明に初音が問う。

「………」

 が、返答は無い…。



「………また?」



「言うな、言わないでくれ…(しくしくしくしく…)」



 動きたくても動けない…。
 目を瞑ってしまえば見えなくなるが、逆に暗闇だと人間は変な想像をしてしまうわけで…。
 目を開ければ超至近距離な為に、否応にも視界に入ってくる…。
 初音が離れればいいのだが、初音にその気は無い…。
 要するに悪循環である…。
 最終的に、明が初音を夕ご飯のメニューで買収するまでそれは続いたのであった…。



(了)
















――――――おまけ――――――



「ご用件承ります!
 アポイントメントはおありですか?」

「おそれいります、お名前をどうぞ…」



 バベルの受付エスパーチーム『ザ・ダブルフェイス』は今日も受付にいた。



「ちわ〜っす…」

「おはようございます」

 そこへ明と初音がやって来た。



「おはよう2人とも」

 挨拶をする奈津子。

「…明くん?疲れてるみたいだけど大丈夫?」

 ほたるが青白い顔をした明を見て、心配そうに聞いた。

「あ〜…色々有りまして…」

 はははは…と、渇いた笑いを返す明。

「(ムッ…)明行くよ…!」

 嫉妬したのか、初音が明の手を引いてずんずんと職員用入り口へ向かって行く。

「あ、おい!?」

「頑張ってね〜」

 初音の行動に笑いながら、ほたるが2人の背に手を振る。

「初々しいわねぇ〜、羨ましいな〜…ねぇ奈津子?」

 ほたるが奈津子に問う。

「………」

 しかし、奈津子は真剣に何かを考えている風だ。

「…奈津子?どうかしたの?」

 心配そうに聞くほたる。

「え?あ、うん…」

 歯切れの悪い返事をする奈津子。

「何かあった?」

「…見間違いだと良いんだけど……実はね……」

「うん」

「…初音ちゃんのね…」

「初音ちゃん?」

「うん…首とか足とか…色んなとこに丸い…『吸われた』ような痕が『視えた』の…」

「……それって……」

「……まさか……ねぇ……」

「……」

「……」

「…」

「…」






 数日後、バベルの全職員中に



 『初音が喰った』



 『むしろ初音が喰われた』



 と、言う様々な噂が飛び交うことになるが、それはまた別のお話し…。



(了)



初出:サイトオリジナル
2008年11月24日

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