ジュー…ジャッジャッジャ…


 中華鍋の中で、チンジャオロースーとお玉が踊るように動いている。


カチャカチャカチャ…


 炒め終えた中身を大皿に移し、居間のテーブルへと運ぶ。


「えっと、次は…」

 台所へ戻り、大鍋で作っているロールキャベツの煮込み具合を見る。

「うん、もう少し」

 そのまま動きを止めずに、オーブンの中を覗く。

「…よし…」

 オーブン皿を引き出し、乗っていたスペアリブを大皿に移して居間へと持って行く。
 台所に戻って再度大鍋を見ると、ちょうどいい具合にロールキャベツが煮えていた。

「完成〜♪」

 こちらは小皿に分け、テーブルへ乗せて夕食が完成した。


「明〜!ゴハン出来たよ〜!!」


 10月16日の夕食時、犬神・宿木家に初音の声が木霊した。






子の心、親知る






「お〜、うまそうだな」

 自分の部屋から居間へやって来た明は、そう言いながらテーブルへ付いた。
 テーブルにはチンジャオロースー、スペアリブ、ロールキャベツをメインにしたおかずが並べられていた。

「はい、ご飯」

 初音が、ご飯をよそったお茶碗を明へ渡してくる。

「ん、せんきゅ」

 お茶碗を受け取る明。
 初音も自分のお茶碗へご飯をよそい、テーブルへついた。

「え〜っと…。
 明、お誕生日おめでとう。
 いつも初音にゴハンを作ってくれてありがとう。
 今日は初音が明の代わりに家事をするから、ゆっくり休んでね」

 あらかじめ考えていたのであろう、ゆっくりと初音は言った。

「ああ、ありがとうな初音。
 今日はのんびりとさせて貰ったよ」

 礼を言う明。

「ううん、いつもして貰ってるから…。
 あ、冷めないうちに食べよう?」

「そうだな、じゃ、いただきます」

「いただきま〜す」

 カチャカチャと、2人の箸の音が居間の中に響いていく。

「うん、美味い」

 チンジャオロースーを一口食べた明が言う。

「本当?」

「ああ、特訓したかいがあったな」

「えへへ〜」

 明に誉められ、嬉しそうに笑う初音。

「それにしても、足りないんじゃないか?
 間に合うのか?この量で」

 いつも自分が作っている量より少ない夕食を見て明は言った。

「実は、味見でちょっと食べちゃったの。
 それに、ケーキがあるから大丈夫だよ」

「あ〜、なるほど」

 初音の言葉に納得した明。
 そんな会話をしながら、2人の食事は進められて行った。




「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした〜。
 ケーキはもうちょっと待ってね」

 そう言って初音は立ち上がり、食器を片付けていった。
 そして、そのままジャバジャバと食器や鍋などを洗っていく。

「ふ〜んふふ〜ん♪」

 初音の鼻歌に合わせて髪が揺れている。

「………………」

 明は、そんな初音の背中をボーっと眺めていた。


(……新婚ってこんな感じなのかな……って、何を考えてるんだ俺はっ!!)


 ふと浮かんだ考えに顔を赤くして、ぶんぶんと頭を振る明。


「ねぇ…明?」


 食器を洗う手を止めずに、初音が声をかけてきた。

「な、なんだ?」

 動揺を隠しつつ、返事をする明。


「……なんだか、新婚さんみたいだね」


 照れながら初音が言う。


「ぶふぅっ!げほっごほっ…そ、そうだな…。
 …ちょうど、同じこと考えてたとこだ」


 顔を赤らめ、視線をそらしながら言う明。

「そ、そうなんだ…」

「あ、ああ…」

「………………」

「………………」

 2人の間になんとも言いようの無い空気が流れ、聞こえて来る音は初音が食器を洗っている音だけになっていた。

「ケ、ケーキ食べよっか」

「そ、そうだな」

 食器を洗い終えた初音が、その場の空気を振り払うかのように言い、冷蔵庫から箱を取り出して来た。

「さすがにこれは作れなかったけどね〜」

 行き慣れた商店街の、ケーキ屋で購入したケーキを皿へ移しながら苦笑いする初音。

「今年は夕飯だけで充分だよ。
 ケーキは来年の楽しみにしとくさ」

「そうだね。
 美味しく出来るまで何度でもチャレンジするからね」

「ああ、期待してるよ」

「うん」

 そう言いながらケーキに手をつけ始める2人。
 カチャカチャと、フォークを動かす音が部屋に響いていく。



『ケェェェェェッ!!!』



 そんな2人の空気を切り裂くように、甲高く鳴きつつバサバサと音をたてて乱入してくる猛禽類が1匹。
 その正体は、今まで姿を見せていなかったこの家で飼われている鷹であった。
 決して作者が存在を忘れていたわけではない。

「なんだ、お前どこ行ってたんだよ。
 ほら、今日はお前もちょっと豪勢なメシだぞ」

 邪魔をされ、不機嫌そうに鷹を睨みつける初音をよそに鷹へ生肉を与える明。
 普段よりもワンランク上の生肉に、鷹はガツガツと一心不乱に啄ばんで行く。


「ん?なんだこれ?」

 
 鷹の足に括り付けてある長方形状の包みを見つけ、外してやる。
 包み紙に毛筆ででかでかと『明へ』と書かれているので、明宛てなのであろう。


「なにそれ?」

 包みを持って戻って来た明へ問う初音。

「わからん、実家から送られてきたんだとは思うが…。
 親父はプレゼントなんて送ってくる柄じゃないしな…やけに軽いし」

 そう言いながら、明は包みを開いていく。


「………木の板?」

 包みを開いて中から出てきたのは、木の板と思われる物と手紙らしき2つ折りの紙が1枚であった。

「なになに…?」


『明へ。
 誕生日おめでとう。
 お前ももう18だ、そろそろ将来のことを考える時期でもある。
 とは言っても、お前と初音様がこっちに戻ってくるという選択肢を強要するつもりは無い。
 今の時代、旧家が廃れていくのは当然のことだ。
 お前たちの好きに生きるがいい。
 それについては御館様とも話をしてあり、どう生きるかはお前たちに任せる。
 ただ、たまには顔を見せに戻って来い。
 何があってもお前たちの生まれた家はここにあるんだからな。

 追記
 同封した物は俺と御館様からの贈り物だ。
 どっちを使うかはお前たちで決めろ』


「………」

 父親からの手紙を読み終え、木の板を手に取る明。
 木の板は2枚組みで、両方とも文字が彫られており、彫られた部分には墨で色付けがされていた。

「………」

「おじさんから?」

 木の板を眺めたまま、神妙な顔つきをしている明へ初音は声をかける。

「ああ。
 将来のことは自分たちで決めろってさ…」

 手紙と木の板を初音に見せながら言う明。

「将来?」

 そう言いつつ初音は手紙に目を通し、木の板を眺めた。



「………」


「………」



 何とも言えない空気が2人を包み込む。



「………は、初音が高校卒業するまでにはどっち使うか決めような………」


「う、うん…」



 『犬神』と『宿木』、2人の個別の名字で作られた表札を眺めつつ、2人は顔を染めながら言うのであった。



(了)



初出:サイトオリジナル
2008年11月 8日

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