20XX年某月某日―――



 地上部分が半壊したビルの地下の隠し部屋、その中では数名の者たちが作戦会議を行っていた。

「…お前たちも知っての通り、ただいま我々はノーマルの人間との戦争を行っている真っ最中である。
 これからお前たちには、『女王クィーン』の邪魔をする者を始末して貰う、ターゲットの生死は問わん」

 数名の、おそらく部下であろう者たちの前に立つ男が、そう言って全員に写真を回していく。

「中には知っている者も居るだろう、ターゲットはこの男…『皆本 光一』だ」

 写真にはメガネを掛け、スーツを着込んだ男が写っていた。













                おやすみなさい













「ターゲットは今現在2つ隣の地区を通過している。
 そして、最短距離のこの地区を通過して、真っ直ぐ『女王』の居る場所へ向かおうとしている。
 だからここで待ち伏せを行い、男を始末するのだ…。
 なんとしてもこの男を『女王』に接触させてはならん!」

 力強く部下に向かって叫ぶ男。

「………『女王』がこの男に殺されるから…ですね?」

 最前列にいた男女のうちの、男の方がそう聞いた。
 ざわざわ…と、他の者たちに動揺が走る。

「…そうか、お前は『アレ』を見たんだったな。
 そうだ、お前の言うとおり、『女王』はこの男に殺されると言う予知が存在する。
 それもレベル7の予知がな。
 しかし、この男を『女王』に接触する前に捕獲、または殺してしまえばその予知は回避され、
 我々の野望が実現されることになるのだ!!」



おぉぉぉ!!!



 男の声に部下が歓声を上げる。

「よし、ではお前たち…作戦の成功を祈る…解散!!」

 男の号令に次々と部屋を出て行く部下たち。
 最後に残ったのは先ほどの質問をした男と、その相棒の女であった。

「…どうした、知っている人間を始末するのは心が痛むか?」

 どっかりと、椅子に座った男が2人に問いかける。

「…まさか、世話になったのは一時期だけですよ。
 それに、今の俺たちには『平和な未来を作る』と言う信念がありますから。
 それを邪魔する者は、排除するのみです」

 淡々と男が言う。

「ふん、まぁいい…本気でやれよ。
 本気でかかれば、お前たち2人から逃げることは出来ないんだからな…。
 そうだろう?『ザ・ビースト』」

 男が2人をそう呼ぶ。

「…もちろんです、俺たちから逃れることは誰にも出来ませんよ。
 …初音、行くぞ」

「うん」

 明の声に初音が頷き、部屋を出て行く。
 残ったのは、命令を下した男1人のみ。

「バベル職員が元バベルの裏切り者に始末される…か。
 滑稽だな…くっくっくっくっく…」

 誰もいなくなった部屋の中に、男の笑い声が響き渡っていった。









ドンッ…!!



 どこかから銃声がかすかに聞こえてくる。

「……くっ……」

 通路を歩いていた明が頭を抑える。

「…明…」

「大丈夫だ…心配するな…」

 心配そうに見る初音に言う明。

「…俺たちには…やるべきことがあるんだ…こんなことで止まってたまるか…!」

 明の瞳は決意に満ちていた。






























ブロロロロ…!!



 様々なビルの残骸の隙間を縫うようにして、1台のバイクが走って行く。



「…くそっ…まだ後ろに居る…!どうして振り切れないんだ…!!」

 ミラーに見える微かな影を確認して、皆本は呟く。
 賢木から借りたバイクに乗り薫を追っている皆本は、10分ほど前から後ろに居る影に気付いていた。
 しかし、いくら撒こうとしてもその影が消えることは無かったのであった。



「80kmは出ているのに…まるで監視しているかのように…。
 『遠隔透視』を防ぐためにECMを使用している、それすらも回避して監視する方法なんて…」

 そう呟いた皆本は、あることを思い出した。

「…まさか…上!?」

 上を見上げると、遥か上空に円を描いて飛ぶトンビの姿が確認出来た。



『ガァァァァァ!!』

「うわっ!!」

ギャギャギャギャギャ…!!

ドゴォン!!



 今まで背後に居た影が、一気に距離を詰めて皆本を襲って来た。
 間一髪で攻撃を避けるも、バイクは大破してしまう。
 同様に、バイクに装着していたECMも破壊されてしまった。



「は、初音くんか!?と言うことは…」

 襲って来た獣を見て皆本が呟く。

「気付くとは…さすがですね、皆本さん」

 そう言いながら、正面の瓦礫の山から明が出てきた。
 その背後から、部下と思える男たちも4,5人出てくる。

「でも、もう遅い…。皆本さんは俺と初音によってここに誘導されて来たんですよ」

『グルルルルル……』

 初音が明に近づいて行く。

「よしよし、これが最期だからな…たっぷり喰っとけ…」

 着ているジャケットを脱ぎ、裏に隠していた食料を初音に与える明。
 ガツガツと、初音は与えられた食料を喰べ始める。



「…さて、皆本さん…観念して貰いましょうか」

 初音が喰べていることを確認し、明が皆本に言った。

「くっ…しかし僕は…」

 戦う事を選んだのか、皆本は背広の懐に手を伸ばす。

「『薫を止めなければならない』…ですか?
 させませんよ、『女王』を殺すなんてことは…」

「…何故それを!?」

 明の言葉に、目を見開いて皆本が驚愕する。

「パンドラに入るときに見させられましたよ。
 驚きましたね、まさか『あの』皆本さんが『女王』を撃ち殺すなんて…」

 明は皆本に左手をかざしてそう呟く。
 すると、皆本の手の動きが止まった…、もとい強制的に止めさせられた。



「なっ…こ、これはっ!?」

 皆本は背広に伸ばした手を戻そうと試みるが、ぴくりともしない…むしろ自分の意志に逆らって動いている…。
 同様に、足も固定されているかのごとく動かせない。

「俺も成長してるんですよ…。
 バベルを抜ける前は遠距離だと動物だけでしたが、今じゃ遠距離でも一部なら人間を操れるんですよ」

 そう言うと皆本の手を、ゆっくりと上げさせる。

「…やっぱり持ってましたか」

 上げさせた手の中には『熱線銃ブラスター』が握られていた。
 明は確認したのち、自分のほうへ『熱線銃』を放り投げさせる。
 ガラガラと、それは音を立てながら明の足元へ飛んで来た。

「…エネルギーはほぼ空…か、誰か死傷したと言う報告は無いから威嚇で使用したのか…。
 『女王』に会う前にエネルギーを使い切り、予知を回避しようって考えでしょうけどもそれも無駄でしたね」

 明は自分の懐から同型の『熱線銃』、それと予備エネルギーパックを取り出しながらそう言った。

「そ、それは…!」

「えぇ、同じ物です。
 ま、バベルからの横流し品なんですけどね」

 驚く皆本に言う明。
 そして皆本の『熱線銃』のエネルギーパックを予備の物と入れ替えて投げ返す。
 足元に投げ返された『熱線銃』を皆本の手が拾い上げる。

「一体何を…」

 明の行動が理解できない皆本が聞く。

「こうするんですよ」



スチャッ…



 明の言葉に、皆本の手が自分のこめかみに『熱線銃』の銃口を向ける。

「こ、これは…」

「この方法が一番確実でしょう?」

 ニヤリと笑いながら明が言う。

「皆本さんには感謝してますよ。
 管理官と兵部少佐が相打ちになってお互いに行方不明になってしまい、
 そのどさくさに局長が更迭されて、新しい局長がバベルにやってきたときに行われた構造改革。
 その中に『暴走の恐れのあるエスパーは封印する』って言う命令が出たときに逃がしてくれましたからね…。
 あの『封印』とは名ばかりの大量虐殺命令…、真っ先に初音がリストアップされましたから」

 当時を思い出しながら言う明。

「明くん…」

「えぇ、わかってます…。
 あの局長は、実はバベルを混乱させるために送り込んだ『普通の人々』のスパイだった…ってことは。
 でもそれを知ったのはパンドラに入ってからです。
 バベルを抜けた俺らには、パンドラに入るしか生きる手立ては無いですから…」

 どこか悲しげに明が言う。

「…もうそろそろいいでしょう…。
 初音、皆本さんに最期の挨拶をしろ…」

 ようやく食べ終わった初音に明が言った。

「…さよなら皆本さん」

 淡々と、初音が言う。

「…さようなら皆本さん、みんなが居たあの頃が一番楽しかったですよ…」

 初音に続いて明が言う。
 皆本の指がゆっくりと引き鉄にかかる…。
 そして…









ドンッ…









「ぐわっ…!!」












 『明』の持つ『熱線銃』が背後の瓦礫の山を撃ち、土煙が上がる。
 その衝撃でパンドラのメンバーが数人、飛び散った破片によるダメージを受けた。

「皆本さん!」

「…すまん!!」

 明の叫びに皆本が走り出す。



『ガァァァァァァァァ!!!』

「うわっ!」

「ぐっ…『ザ・ビースト』!!裏切るのか!!!」

 初音の攻撃を避けながら、パンドラメンバーの1人が叫びを上げる。

「裏切る?
 違うね、俺らは元々バベル側の人間…元に戻るだけさ…。
 それに、俺らは『ザ・ハウンド』…飼い犬は飼い主を裏切らないんだよぉぉ!!」

 明の叫びとともにパンドラメンバーたちに大量のカラスが襲い掛かかった。


















バサッ…バサッ…



タッタッタッタッタ…



「ハァッハァッハァッ…」

 皆本は走っていた。
 目の前を飛ぶ、まるで道を案内しているかのように飛んでいるカラスを追って。









――――――数分前



「一体何を…」

 明の行動が理解出来ない皆本が聞く。

「こうするんですよ」



スチャッ…トンッ…



 『熱線銃』の銃口が自分のこめかみに向けられた瞬間、皆本は背後に突かれる痛みを感じた。



『・・−・− ・−・ −・・−・ ・・−・・ −・−・− ・−・−・』



「(み…な…も…と…さ…ん…モールス信号か!?)」

 軽く突く(『・』)と長く突く(『−』)の繰り返しは、どうやらモールス信号のようだ。

「こ、これは…」

「この方法が一番確実でしょう?」

 明の言葉の後にモールス信号は続く。



『−−−・ ・・−− −・・− −・・− −・−・・ ・− ・−・−− ・・・− −・ ・・ −・−・− ・−
 (そのまま聞いてください)
 ・−・・ ・−・・・ −・−−・ ・・−・ ・−− ・−・−・ −・・・
 −−−− ・・−− −・−・− −・−・・ −・−・ ・− −・・− −−−・−
 (薫ちゃんはこの先に居ます)
 −・・−− ・・− ・・−・・ ・・ ・・− −−−・− −・−−・ ・・−− ・−・−− ・・
 ・−・・ ・・・ −−−・− ・−−−
 ・−・・・ ・−−・ ・−・−− ・・・− −・ ・・ −・−・− ・−』
 (誘導するのでカラスを追って下さい)
 −−・−− ・− −・−・− ・−−・ ・−・・ ・・ ・−・・・ −・− ・−−・ −・ ・・・
 −−・−− −−・−・ ・・−・・ ・・ −・・・− ・−−− −−・−・ −・・− −−−・−
 (挨拶が終わったら足止めをします)
 −−・−− ・・−・・ −・・・ ・−・・・ −−− −・ ・・−・ −・−・
 −・・− ・−・・ ・−−−・ ・−・−− ・・・− −・ ・・ −・−・− ・−』
 (あとは俺たちに任せてください)



「明くん…」

「えぇ、わかってます…。
 あの局長は、実はバベルを混乱させるために送り込んだ『普通の人々』のスパイだった…ってことは。
 でもそれを知ったのはパンドラに入ってからです。
 バベルを抜けた俺らには、パンドラに入るしか生きる手立ては無いですから…」

 どこか悲しげに明が言う。

「…もうそろそろいいでしょう…。
 初音、皆本さんに最期の挨拶をしろ…」

 ようやく食べ終わった初音に明が言った。

「…さよなら皆本さん」

 淡々と、初音が言う。

「…さようなら皆本さん、みんなが居たあの頃が一番楽しかったですよ…」

 初音に続いて明が言う。
 皆本の指がゆっくりと引き鉄にかかる…。
 そして…



 皆本の身体は明による束縛から開放された…。

















バサッ…



 しばらくして、前を飛んでいたカラスが地面に降り立つ。

『カー!』

 鳴き声を上げるとともに、背後へくちばしを向けるカラス。

「…この先かい…?」

 はぁはぁと、息を整えながら皆本はカラスへ問う。

『ギャア』

 皆本の言葉に同意するかのようにカラスが鳴く。

「…ありがとう明くん…。
 …明くん…初音くんも無理はしないでくれよ…?」

『………』



バサッ…



 何も答えず、ただ、皆本を見つめ返して飛び去るカラス…。
 皆本には、その眼が覚悟を決めているようにしか見えなかった。

「『これがだからな…』と言うのは…まさか…。
 明くん…初音くん…僕は……くそっ!!!」

 地面を蹴り上げて皆本は叫ぶ。

「絶対に…未来は僕の手で変えてやる…この命に換えても…!!!」

 そして、薫が待っている『あの場所』へ向かっていくのであった…。





















「…はぁ…はぁ…はぁ…」

「はっ…はっ…はっ…」

 皆本が走り去って数分後、明と初音は息を切らしながらパンドラメンバーと対峙していた。



「追い詰めたぞ…。
 所詮、5人相手に2人が適うわけが無いのは明らかだったがな…!」

 瓦礫を背に、パンドラメンバー5人に囲まれている2人を眺めながら、パンドラメンバーの1人が言った。
 明と初音はともにおびただしい傷を負っている。
 一方、パンドラメンバーのほうは多少の傷は受けているが、致命傷は受けていない。

「これで終わりだな…。
 処刑で間違いないと思うが…念のために隊長に伺いを立てるか」

 そう言って男は無線機を操作する。

「は…はははは!」

 男の言葉に明が突然笑い出す。

「何がおかしい!?」

 自分の『熱線銃』を明へ構えて男が聞く。

「あの男なら、もうこの世にはいない。
 さっき部屋を出るときに俺が始末しておいたからな…」

「なんだとっ!!」

 明の言葉にパンドラメンバー全員が、持っていた『熱線銃』を2人に狙いをつける。

「貴様…跡形もなく消し去ってやる…!」

 全員が引き鉄に力を込める…。
 しかし…






くるっ…






 5人の手は自分の意志に逆らって、『熱線銃』を持つ手を『自分自身』へ向けた…。






「なにっ…」

「馬鹿なっ…」






ドンドンドンドンドンッ…!!






 5つの銃声が破壊された街に響き渡る。
 『熱線銃』によって、頭部の無くなった5つの人体が背中から倒れこんでいく…。



「…はっ…『奥の手』…ってのは最後まで取っておくもんだ…」



 最後の力を全て出し切って5人の腕を操り、自分自身を撃たせた明が呟く。

「近ければ近いほど、操れる数が増えるんだよ…。
 …ふぅ…初音ぇ…生きてるか…?」

 もう立つ気力も無いのであろう、瓦礫を背に座り込み、同様に隣に座る初音に声をかける。

「うん…」

 腹部の傷口を抑えながら初音が呟く。
 抑えても傷口からは血が止め処もなく流れていた。

「…そうか…」

 明も同じく傷口を抑えていた。
 そして初音と同様、血が流れている。






「…悪いな…俺に付き合わせちまって…」

「…ううん…2人で決めたことだから…」

 明の呟きに初音が答える。



「…ありがとな…」

「…いいよ…初音は明と一緒なら…」

「…そうだな…いつでも一緒だもんな俺たち…」

「…うん…いつまでもね…」

 どちらかともなく、傷口を抑えていた手を伸ばし、繋ぎあう。






ドムッ!!






 少し離れた建物が爆発する。






「…皆本さんは薫ちゃんに会えたかな…」

「…会えてるよ…そして…きっと未来を変えてくれる…」

「…そうだな…変えてくれるよな…」

 空を眺めながら2人は呟く。






「…いい天気だなぁ…」

「…そうだね…」

「…今度ピクニックにでも行くかぁ…弁当持って…」

「…いいね…明のお弁当楽しみだね…」

「…お前喰うからなぁ…持ってくのも大変だ…」

「…明のお弁当美味しいからだよ…」

「…そっか…じゃあ気合い入れないとな…」

「…うん………お腹空いた…」

「…あ〜…悪い…さっきので全部だ…」

「…そっか…でもいいよ…」

「…いいのか…?」

「…うん…眠くなってきたから…」

「…そうか…俺も…眠くなってきたな…」

 少しずつ、2人の会話が途切れ途切れになってくる。






「…ねぇ…明…」

「…ん…?」

「…ずっと…一緒だよね…?」

「…ああ…もちろんだ…」

「…次に…目が覚めても…隣に居てくれるよね…?」

「…当たり前だ…」

「…ありがとう…」

「…どういたしまして…」







「…そろそろ…」

「…限界か…?」

「…うん…」

「…そうか…俺もだ…」

 2人のまぶたが力なく下がってきている。






「…明…」

「…ああ…」

「…おやすみなさい…明…」

「…ああ…おやすみ…初音…」






ゴォォォォォォォ……!!







 瓦礫と化した街並みに、地鳴りとともに風が吹き荒ぶ…。



 その風が通り過ぎたあとには、1組の男女が手を繋ぎ合いながら眠っていた…。






(了)



初出:GTY+
2006年12月12日

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