ざぁざぁと、大粒の雨が降っている。
 東京の梅雨入りの報道がされてから数日後、この日も梅雨らしく雨が降っていた。


「今日も雨…気が滅入っちゃうわね…」

 受付に座る『ザ・ダブルフェイス』の1人、野分ほたるが入口を眺めながら呟いた。

「そうねぇ…。
 ジメっとしてて蒸すし、出勤するだけで靴がびちゃびちゃになるし…」

 溜め息を吐きながら、パートナーである常盤奈津子が言う。

「そして何より…」

「うん…」


「「髪のセットに時間が掛かる…」」


 セリフをハモらせ、同じタイミングで2人は溜め息を吐いた。




梅雨のあなた




「クセっ毛の私たちには嫌な時期よねぇ…」

「そうそう、バベルに着いてからまたセットし直さないといけないし…」


「そーそー、ムースで固めないとすぐに元に戻っちゃうんだよなぁ…」


「ムースは使ったことが判らないけど…って、賢木先生」

 いつの間にか傍まで来ていた賢木へ言う奈津子。
 どうやら、話に熱中していて気が付かなかったようだ。

「よっす、お2人さん」

 しゅたっ、と手を上げながら挨拶する賢木。

「おはようございます。
 賢木先生もこの時期は辛いんですか?」

「そうなんだよ〜。
 普段から寝癖酷いんだけどさ、この時期になると爆発って言うか、ウニみたいになってるんだよな〜」

「大変ね〜」

「そうなると、朝シャンしないと直らないからさぁ…。
 いつもより早く起きなきゃいけねーんだよ…まったく、やな時期になったもんだ」

 やれやれ…と、賢木は肩をすくめる。


「ですよねぇ…。
 洗濯物は乾かないし、食材はすぐに痛むし、カビは発生するし…」


「うぉっ…て、何処の主婦の意見かと思えば明か…おはようさん」

 背後から声をかけてきた明へ言う賢木。

「おはようございます。
 今日も酷い雨ッスねぇ…」

 傘を傘用ビニールへ入れながら明は挨拶をした。

「おはよう明くん。
 あれ?初音ちゃんは一緒じゃないの?」

 いつもは隣に居る初音の姿が無いのに気付いた奈津子が、明へ言った。

「え?
 初音なら一緒に…何隠れてるんだよ初音…」

 自分の後ろに隠れていた初音を見つけて言う明。

「…だって…」

「仕方ないだろう、この時期は…」

 後ろを振り向きながら、説得するように初音へ言う明。

「う〜…」


「「「?」」」


 明と初音の会話に疑問符を上げる3人。
 そうこうしている間に、明は横に避けて3人の視界に初音の姿が入ってきた。

「…うぅぅ〜…」

 唸りつつ、3人を見る初音。

「?
 可愛いレインコートじゃない、その格好がどうかしたの?」

 すっぽりと、フードも被って顔だけ出した状態のレインコート姿の初音を見てほたるが言う。

「ああ、何処もおかしなとこは無いじゃないか。
 それとも、レインコート姿が見られるのが嫌なのか?」

 理由を知ってそうな明へ向かって聞く賢木。

「………ごめんね初音ちゃん、私たちが甘かったわ…」

 理由がわかったらしい奈津子が初音へ言う。
 それも、何処か悲しげな視線を送っている。

「私たちよりも、初音ちゃんは辛かったのね…」

「ど、どう言うことだ?」

「ちょっと奈津子、1人で納得してないで教えなさいよ」

 賢木とほたるが奈津子へ問い掛ける。

「常盤さんは透視能力者クレヤボヤンスですからね…。
 …初音、そろそろ諦めろ、さすがにその格好では奥まで行けないぞ」

「…わかった…」

 ようやく諦めたらしく、初音はレインコートを脱ぎ出した。




ぼふんっ




 爆発音のような音を立てて、レインコートから何かが弾けるように出て来る。

「……え……」

「……あ……」

 固まる賢木とほたる。

「ううぅぅぅぅ〜…」

 そんな2人を見て唸る初音。
 恥ずかしいのであろう、顔が若干赤くなっている。

「初音ちゃん、あなたも仲間だったのね…」

 レインコートを脱いだ初音の『髪』を見ながら言う奈津子。
 そう、初音もクセっ毛だったのだ。
 しかも通常時と比べて2倍増になるくらいのクセっ毛であった…。

「ええ…、こいつの髪もかなり頑固なクセっ毛なんですよ…」

 もさもさと、初音の髪を撫でつつ明は言う。

「うぅ〜…明〜…早く髪乾かしてよ〜…」

 上目遣いに明へ言う初音。

「はいはい、わかったよ。
 それじゃ、こいつの髪乾かさないといけないのでお先に失礼します」

「うん、頑張ってね…」

 手を振って2人を送る奈津子。
 初音に手を引かれる形で、更衣室のある方へ2人は歩いて行った。




「…俺らはまだまだってことか…」

 フリーズから回復した賢木がぽつりと呟いた。

「…そうですね…。
 でもいいなぁ初音ちゃん、好きな男の子に髪の毛乾かして貰えるのって…」

 同じく回復したほたるが羨ましそうに言った。

「そうよねぇ…」

「俺だったらいつでも乾かして上げるけど?」

 キラーン、と歯を光らせながら言う賢木。

「賢木先生は自分の髪で手一杯なんじゃないんですか?」

「それに、下心がありそうな人に髪の毛いじって欲しくないな〜」

 キラキラと輝く笑顔でさらりと言うほたると奈津子。

「げふっ…」

 2人のセリフに、撃沈する賢木であった。




(了)



初出:サイトオリジナル
2008年 7月 7日

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