「初音…そろそろいいか?」

「…うん…いいよ…。
 こうなっちゃったのも、初音のせいだもんね…」

「…ああ…お前のせいだからな…。
 よし、じゃあ…お前の中に入るからな…」

「うん…変なことはしないでね…」

「お前もな…」




「やっぱり痛いね…」

「最初の頃は痛む…って賢木先生も言ってただろう?我慢しろよ…」

「うん…」


「あ〜…やっぱ気持ちいいなぁ…


 腕が動かせるのって…!」


 ある日の午後、明の部屋ではこんな会話がされていた。






骨折り損の…






前日―――


「みんな…!!無事かッ!?」

「……!!」

「皆本さん!!」


 葵に壁にめり込まされた状態から復活した皆本が、現場に駆けつける。
 遅れて朧さんと明もやって来た。


「あ、明ぁぁぁぁぁ〜〜!!」

 初音が、駆けつけてきた明に向かって行く。

「わ、私の能力が破られた!?」

 葵、紫穂、初音の3人を足止めしていた大鎌が叫ぶ。
 明の無事がわかったので興奮したのか、フルパワーで能力を破ったようだ。


「よかった、無事だったんだね!!」

 そのまま明に抱きつく初音。

「ああ、ちょっと痛みが残るけどもう大丈夫だ…。心配掛けたな…」

 右腕は身体ごと初音に抱きつかれているので、残った左手で初音の頭を撫でる明。

「よかった、よかったよぉぉぉ〜〜〜…」


ギリギリギリギリ…


 どこからか、何かがきしむ音がしてくる…。

「はっ…初音…力入れすぎ…」

 苦しそうに明が呟く…。
 どうやらフルパワー状態のまま抱きついているようだ。
 しかし、興奮している初音には明の声が聞こえないのか、そのままの状態を続ける…。
 その光景は俗に言う『ベア・ハッグ』(熊の抱擁)であった。


ぴしぃっ!!


「うぐぇ!?」

 何かに亀裂が入るような音がした瞬間、明が叫びを上げてぐったりとうなだれる。

「明…?明…!?」

 初音が呼びかけるが、明は白目をむいて気絶してしまっている。


「…初音くん…ここはいいから明くんをバベルに…」

「は、はい!!」

 皆本の言葉に、初音は鷹に変身して明をバベルへ連れて行くのであった…。






 



「…ったく…俺が無事だったから喜ぶのはいいにしても…右腕を折るってのはやりすぎだ…」

 初音の身体の中に入っている明が、洗濯機の前に立ちながら言う。
 しかし、そう言いつつも初音が心配してくれたのが嬉しいのか、顔を赤くしていた。

「っと、後は待つだけっと…。さて次は夕飯の支度しないと…」

 洗濯機を自動にして、明はキッチンへ向かっていった。


じゅわぁぁぁぁ〜〜…


 香ばしい臭いとともに肉の焼ける音が響き渡る。

「ふんふふ〜ん♪」

 明は軽く鼻歌を歌いながら調理を進めていた。


「…今日はステーキ?」

 突然背後から声が掛かってきた。

「おう、もう少しで出来るから座って待ってろよ」

 いつものことなのか、振り向かずに初音に言う明。

「うん…その前にトイレに行って来るね」

 そう初音が言うと、足音が離れていった。


「…いちいち言わなくてもいいってのに…恥じらいってもんが無いのかあいつは…」

 あいつらしいと言えばあいつらしいけどなぁ…と、思いつつ明は調理を再開する。

「ふんふ………待てよ…トイレ…?」

 鼻歌も再開したところで、明はふと思い出した…。

「……ちょっと待てぇぇぇぇ!!お前、今俺の身体だぞぉぉぉぉぉ?!」

 ドタドタと、エプロン姿でトイレへ向かいながら叫ぶ明。
 あまりにも自然すぎて忘れていたが、今は明と初音は精神交換をしている。
 つまり初音は、明の身体に入ったままでトイレに行ったわけで…。
 しかし時既に遅し…。
 明がトイレのドアの前に立ったときには、水を流す音が聞こえてきていた…。


がちゃり…


 ドアを開けて初音が出てくる。

「………」

「………」

 トイレの前で見つめあう2人…。


「…明…初音頑張るから…」

 もじもじと、顔を赤らめて言う初音。

「な、何を頑張るんだ何を〜〜!?」

 ばっちり見られてしまったらしい明が、ショックを隠し切れずに叫びを上げる。
 初音は顔を赤らめたまま、明は頭を抱えたままの状態で暫くの間、その場に留まるのであった。










――――――おまけ――――――


ざばぁ…


「ふぅ…。
 今日はいつも以上に疲れたな…」

 お湯に浸かりつつ明が呟く。
 濡れないように、右腕はちゃんとビニール袋でカバーしてあった。

「…って片手じゃ背中とか頭とかしっかり洗えないし…。まぁいいか…最低限のところだけで…」

 汗まみれのままよりはマシだな…と、自分を納得させる明。
 そこへ…。


ばしーん!


「明〜、片手じゃ身体洗えないでしょ?初音が洗ってあげるよ」


 救世主(?)が風呂場のドアを開けてやって来た。


「うわぁぁぁぁ!?」

 初音の乱入に、明は顔を半分お湯に沈めて隠れようとする。

「そんなに恥ずかしがらなくても…1回見てるんだから2回も3回も一緒だよ?」

「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇ!!!」

 初音の変な理論に叫びを上げる明。

「う〜ん?」

 小首を傾げながら考える初音。

「あっ…そっか…」

 そして何かわかった様子。

「わかってくれたか…」

 ほっ、と安心する明…。
 しかし…。




「初音もお風呂に入るなら、服を着てたら変だよね!?」




「わかってねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」




 風呂場の中に響き渡る明の叫び…。
 それが外に漏れることは無かった…ということをここに記載しておく。




(了)



初出:GTY+
2006年11月15日

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