ピピピピッピピピピッピピピピッ…
時刻は午前6時。
ベッド脇に置いてある時計が、けたたましく鳴りながら起床の時間を告げていた。
「ん〜……」
もぞもぞと、掛け布団の中から手が伸びていく。
カチッ…
スイッチを押し、アラームの音を止める。
「ふぁ〜あ…。
さて、メシの準備するか…」
ベッドから降り、1つ伸びをしたのは明であった。
「あ〜…ねむ…。
暖かくなってきたらきたで、布団の中が恋しくなるな…」
春眠暁を覚えず…って奴か、と呟きつつベッドへと目をやる明。
ベッドの上に残る掛け布団は、何故かこんもりと盛り上がっていた。
「……初音か」
またか…と言った感じで明は溜め息をつく。
「いくらなんでも、ほとんど毎日ってのは…」
俺も一応男なんだけどなぁ…と思いつつ、掛け布団に手をかける明。
「くぉら初音!
寝るんだったら自分の布団で寝ろって、昨日も言っただろう!!」
ばさぁっ!!
勢い良く掛け布団をめくると、犬の足跡の柄のパジャマを来た『明』が現れた。
「………俺ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
4月のある日の早朝、犬神&宿木家の近所中に明の叫び声が響き渡るのであった。
イメージ
「………」
掛け布団を持ったまま、明は硬直していた。
無理も無いであろう、自分自身がベッドの中ですやすやと寝息を立てているのだから。
「た…大佐、俺だ!俺がいるぞ!!…って大佐って誰だっ…!」
混乱してるのか、どこぞの蛇のような言葉を口走る明。
「落ちつけ、落ちつけ俺…良く考えろ…。
なんだ、寝ぼけて隣りで寝ていた初音と精神交換でもしちまったか?
いや、でもこれは俺の身体だ…」
部屋の片隅に置かれている鏡に自分を映し、明は自分自分の身体であることを確認した。
「じゃあここにいる俺はなんだ?
ドッペルゲンガーか?俺近いうちに死ぬのか?まだ若い身空なのに?」
ブツブツと自問自答する明。
その時、
「うぅ〜…ねむい〜…。
あと一時間寝かせてよぉ明ぁ…」
そう言って、ベッドの上に居る『明』は丸くなる。
「…なんだ、やっぱり初音なんじゃないか…。
まったく人騒がせな…ほれ、起きろっ!」
脱力して床に膝をつきながらも、明は初音を叩き起こす。
「ねむいよ〜…」
「眠いのは判ってる。
とりあえず、その姿について聞きたいんだが」
「姿?」
ベッドから降り、初音は自分の姿を確認する。
「…背が伸びたかな?」
明と同じ背丈になっているからだろうか、そんなことを口にする初音。
「鏡を見ろ鏡を」
「鏡〜?」
明に言われ、初音は鏡へ向かって行く。
「あれ…?
明が鏡の中にいる?」
鏡の前に立ち、素っ頓狂なことを言う初音。
「お約束はいいから…。
お前が俺になってるんだよ」
「あ、本当だ」
明の言葉に、改めて自分の状況を確認した初音。
「変化出来るの動物だけじゃなかったのか?」
「ん〜…わかんない」
明の問いをあっさりと返す。
「…まぁイメージ次第だって皆本さんも言ってたし…。
人間にも変化することは可能って事か。
これに関しては今後確かめるしかないな…」
その前にメシだメシ…と呟きながら、部屋を出ようと扉へ向かって行く明。
「あっ!おっぱいが無い!!」
ガスッ!
初音の叫びに、明は部屋の入り口の扉に頭をめり込ませた。
「お、お前…そんな言葉をでかい声で…」
ギギギギギ…と、軋むような音を立てながら初音の方へ顔を向ける明。
「そもそも俺に変化してるんだから、無いのは当たり前だろう…」
いちいち驚くなよ…と思いながら、明は再度扉へ向かって行く。
「それもそっか…。
あれ?って言うことは…」
明の言葉に何か思いついたらしく、初音はごそごそと何やらし始める。
「あ、有る!」
どんがらごがっしゃぁ〜んっ!!
先ほどよりも激しく、回りの家具を巻き込んで倒れこむ明。
「お前は何を確認してるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え、おち…」
「言わんでいい!!」
初音の色々とまずい発言を止める明。
「だって気になったし…」
「そんなとこは気にするんじゃないっ!
いいから朝飯喰いに行くぞ朝飯っ!!」
「は〜い」
明に言われ、渋々と言った感じで初音は明の後に着いて行くのであった。
じゅぅぅぅぅぅ…
フライパンの上で、タマゴがいい音を立てて焼かれている。
それだけでは足りないのであろう、もう1つのフライパンではベーコンが焼かれていた。
とは言え、タマゴは1パック全部、ベーコンも1パック全部使っているのだが…。
「んで?
いつまで俺の格好してるんだ?」
焼き上がった目玉焼きとベーコンを皿に乗せ、テーブルへ並べながら明は言う。
並べ終えると椅子に座り、テーブルに置かれている電子ジャーよりお茶碗にご飯を盛り付け始める。
「さすがに、目の前に自分がいるってのは不気味なんだがな」
「あ、忘れてた」
明からお茶碗を受け取りながら言う初音。
変化を解いて目玉焼きへ箸を伸ばし、食事へと取り掛かる。
「にしても考えようによっては便利だよな。
完全に人間に変化出来るようになれば、潜入捜査も出来るようになるってことだし」
確かに、相手側の内部の人間に変化出来れば潜入捜査も可能であろう。
「そうだね。
でも、多分無理だよ」
明の言葉を否定する初音。
「なんでだよ?
今まで動物になってたみたいに、イメージした人間の姿に変化出来るんだろう?」
「うん、イメージした人の姿になれると思うよ。
でもそれは見たことのある人の、見たことのある姿だけだよ。
動物だったら大雑把な姿でも問題ないけど、潜入とかだと完全に同じ姿じゃないと駄目でしょ?
喋るとか、笑うとか、驚くとか、そう言う動きを全部イメージ出来ないとすぐ偽者だってばれちゃうよ」
そう言って初音は、味噌汁の最後の一口を飲んだ。
「でも、明だけは違うよ。
明が初音のことをなんでもわかってくれてるように、初音も明のことを何でもわかってる。
ずっと明と一緒にいて、明と一緒に笑ったり怒ったり悲しんだり…。
初音は明の全てを見てるから、明の完全なイメージが初音の中にある。
だから初音がそっくりに変化出来るのは明だけ、他の人にはなれないよ」
真っ直ぐに、明の目を見ながら初音は言った。
「…そうか、だったら仕方ないな。
お前を俺以上に理解してる奴なんて作って欲しくないしな」
頬を赤く染めつつ言う明。
それを誤魔化すかのように、空になった食器をキッチンへ運んでいく。
「初音も、明に初音以上にわかる人を作って欲しくないよ」
食器を洗う明の背中を眺めながら、初音は嬉しそうに言うのであった。
(了)
初出:サイトオリジナル
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