キーンコーンカーンコーン……



 校内に終業のチャイムが鳴り響く。
 それに乗じて、学校中の生徒たちが帰宅や部活動の準備を進めている。



「明〜帰ろう〜」

 カバンに教科書などを詰め終えた初音が明へ声を掛けた。

「お〜…」

 こちらも帰宅準備が出来たらしく席を立つ明。

「あぁ、そうだ初音。
 ちょっと本屋に寄って行こうぜ…買いたい本があるんだわ」

「うん、何買うの?」

「『料理本』。
 最近のお前は良く食うからなぁ…。
 おかずのローテーションに限界が出てきたからレシピ増やさないと…」

「わ〜い♪
 じゃあ今日の晩ご飯は新メニューだね!!」

 余程うれしいのであろう、満面の笑みを明へ向ける。

「……うまく出来なくても文句言うなよ?」

 照れているのか、頬をカリカリと掻きながら呟く明。

「もちろん!」

「んじゃ帰っか〜」

「♪〜〜〜」

 そのまま2人は教室をあとにした。






「……なぁ……」

 教室に残ったクラスメイトの1人が呟く。

「…なんだ」

 向かいにいたクラスメイトが聞き返す。

「俺思うんだけどさ…。
 あの2人は性別逆に生まれて来たほうが良かったんじゃないか…?」

「…俺もそう思う…」

 2人が去ったあとの教室では、このような会話がされていた…。






本を買いに






――――――本屋――――――

「じゃ、私マンガ見てるね」

「あぁ、わかった」

 本屋に到着した2人はそれぞれの目的のコーナーへ向かって行く。
 この本屋は大型の店舗で、かなりだだっ広く、すぐにお互いの姿は見えなくなってしまった。



「さてと…どれがいいかねぇ…」

 料理コーナーに到着し、物色をする明。

「…ん〜…『明日のおかず』か…いろんな種類があるよりは専門書のほうがいいかな…。
 え〜っと…和食、洋食、中華にフランス、イタリア…。
 量で言えば中華か…でもなぁ…中華は一般家庭の火力じゃおいしく出来ないって言うし…」

 ブツブツと物色しつつ独り言を言う明。
 本来、健全な男子中学生が熱中するべきコーナーではない(何処で熱中しろと言うかは別として)。



 つつつ〜っと、背表紙に指を滑らしながら探っていくと隣のコーナーに入ってしまった。



「『大型犬の飼い方』……か……」



 隣のコーナーはペットコーナーだったようで、そんなタイトルの本が目に入った。
 何故かその本が気になり手に取る明。
 パラパラとページをめくっていく。

「何々…?」



『はじめに…。

 犬にはそのグループ内での順位を決める習性があります。
 本来、家庭で飼う犬の順位は一番下でなければなりません。
 ところが、飼い主であるはずの人間を押しのけて、自分のほうが順位が上であると思っている犬がかなり存在します。
 これは、飼い主が餌だけを与えることを続けると『こいつは自分に食事を捧げる人間』であると犬が認識してしまう為に起こるのです。
 そのようになってしまうと、犬はその飼い主の言うことを聞かなくなってしまいます。
 ですから飼い主は餌だけを機械的に与えるのではなく、餌と同時に『おすわり』や『おあずけ』などのしつけを行うようにしましょう。
 飼い主は常に犬に対してリーダーシップを発揮し、犬をきちんとコントロールできるようにしなければなりません…』



「……積極的になれと……?」

 違う…何処か違うぞ明。
 そもそもそれは『犬』に対しての話である。



『しつけについて…。

 しつけを行う場合、いくら犬が言うことを聞いてくれなくても叩いてはいけません。
 暴力で教えるのではなく、自分の気持ちを言葉に乗せて犬に伝えるように行うのが大切です』



「……自分の気持ちを……言葉に乗せて……」

 だから…『犬』に対してだってば…。



「明〜?終わった〜?」



 そこへ初音がやって来た。

「あ、ああ終わったぞ…」

 何故か焦りつつ、適当に料理本を掴んで会計をする明。
 ついでに先ほどの『大型犬の飼い方』も買って行く。



「ありがとうございました〜」

 店員の声を背中に受けながら、2人は外に出た。

「さ、帰るか…」

「うん」

 外はもう夕暮れ、少し急がないと夕飯の準備が間に合わなくなってしまう。



「…え〜あ〜…初音?」

 明がモジモジしながら初音に言う。

「何?」

「…………」

 無言で初音へ手を差し出す。

「?」

「………手、繋ごうぜ」

 顔を真っ赤にしながらボソリと呟く。

「…うん!」

 嬉々として明の手を握り、ぶんぶんと振る初音。

「……ま、これくらいから始めるか…」

「♪〜」

 腕を思いっきり振られて、よろよろと初音の横を歩きながら呟く明。



 頑張れ明、何時か初音を飼える(養える)ようになる日まで…。



(了)



初出:GTY+
2006年10月 8日

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