世の中には、ルールが存在する。
 社会のルール、地域のルール、スポーツのルール、ゲームのルール…。
 ルールと言うモノは無限大に存在し、自分自身にもルールは存在する。
 例えば…



 病院の中で携帯電話を使ってはいけない。

 黄色信号表示は止まれ。

 家庭ゴミは水・土曜日、瓶・缶・ペットボトルは金曜日、プラ曜日は月曜日。

 『8切り』の有り無し。

 ゲームは1日1時間まで。

 ヒーロー、敵のセリフや変身シーンの邪魔をしてはいけない。

 おやつは300円まで。

 バナナはおやつに含まない。

 落ちても3秒以内なら食べても大丈夫。



 などなど…。
 …若干違うのが含まれていたような気がするが…まぁ置いといて…。



 話を元に戻そう…俺が住む街の商店街。
 もちろんここにも、ルールは存在する。
 『歩きタバコ禁止』や、『車両通行禁止』などは一般的だと思う。
 しかし、この商店街には一風変わったルールが存在する。
 いや…正確には『商店街』ではなく、『商店街の中の一部の店』に…だが。
 その一風変わったルール…。
 商店街の中の一部の『飲食店』に存在するルール…。
 そこには…



 『犬神さん禁止!』



 と張り紙がしてあった…。






○○禁止!






 その張り紙の存在を知ったのは、俺と初音が小学校を卒業した日だった。
 その日ばかりは、普段家を空けているお互いの両親が家に戻ってきていたし、
 お祝いの日だから…と言う理由で商店街の中のステーキ屋に連れて行ってくれた。
 そこで俺は、『犬神さん禁止!』の張り紙を目にしたのだった…。



 とは言っても、入店を断られることは無く、そのまま普通に食事を続けていった。
 店長さんも特に嫌な顔もせず、料理を持ってきてくれた…むしろ犬神家の人々は大量に喰うので喜んでいたと思うけど…。
 俺は張り紙が気になって、帰り際に初音の両親に聞いてみたところ、こんな返事が返って来た。



「秘密よ♪」

「初音と付き合ってれば、いつかわかるよ…」



 そんな返事に、俺は頭をひねるしかなかった…。






 張り紙と、初音の両親の言葉の意味がわかったのはそれから約1年後、俺と初音が中学2年のとき。
 商店街の外れに、大手チェーンのカレーショップ『I’m No1!』と言う店が出来たので、食べに行ったときに気付いたのだ。
 言っておくが、決して新聞の折り込みチラシの『開店セール期間につき1ヶ月間全品半額!!』に惹かれたわけじゃない。
 まだバベルの特務エスパーになってない時期だったから金欠だったし…。
 食べに行った理由は、そのチラシに書いてあるこの一文だった…。



『1.3kgカレー20分で食べ切ったら無料!ふるってご参加下さい!!』



 この一文を見たとき、俺の頭の中で瞬時に計算が行われた。



『俺が半額のカレーを食べる + 初音に1.3kgカレーを食わせて無料にする = 半人前のカレーの値段で2人とも腹一杯』



 この公式が閃いた時、俺の心は1ヶ月間カレーを食べ続けることを決心した…。






―――1ヵ月後



 『I’m No1!』は…経営不振により閉店した…。
 風の噂で『1.3kgカレーを食べ切ったら無料』のイベントは、全店舗で中止になったと言う事を聞いた…。
 残念…と思ったとき、俺は気付いた。
 『犬神さん禁止!』の張り紙の意味を…!
 そう、あのステーキ店にも大食いチャレンジがあった。
 おそらく初音の両親は俺と同じことを思いついて実行したのだろう…。


 『歴史は繰り返す』


 俺はそんな言葉をしみじみと感じたもんだ…。









「……きら……明ってば!!」

「おぉっ!?」

 昔を思い出していた俺の耳元に、隣に居た初音の声が響き渡った。

「どうしたの?」

「あぁ…ここに初めて来たときのこと思い出してさ」

 そう…俺と初音は今、くだんのステーキ屋の店の前に居るのだ。

「初めて来たとき?
 小学校の卒業式のときのこと?」

「そうそう…。
 ま、昔話は後にして飯にしようぜ」

「うん」

 初音を促して、俺たちは店内へと入っていった。



「ちわ〜っす」

「こんばんわ〜」

「なんだ、珍しい客だな」

 開店間もないので仕込みをしていたのか、カウンターの奥から店主である小西さんが顔を出して来た。

「最後にうちに来たのは…中学上がる前じゃなかったか?」

「そうですね。
 あの時は卒業祝いで来ましたけど、今回も似たようなもんですよ」

「へぇ〜」

 そう、今日はお祝いなのだ。

「んで?何にするんだ?」

 カウンターに座った俺たちに、メニューを渡しながら言う小西さん。

「俺は仙台牛のステーキセットで」

 メニューの中で3,4番目に高い品物だ。
 ま、たまには奮発してもいいだろう。

「あいよ。
 犬神さんとこの嬢ちゃんはどうするんだい?」

 初音のほうを向きつつ小西さんが言う。

「あ、初音は『アレ』で」

 壁に貼られている紙を指差して言う俺。

「……お前、アレは……」

 小西さんの顔色が変わる。

「わかってますよ、隣に書かれている『犬神さん禁止!』って言う文の意味も」 

「わかってるなら、嬢ちゃんも禁止だって言うのはわかるだろう」

 ムッとしながら言う小西さん。

「いやだなぁ小西さん、ここには『犬神さん』はいませんよ?」

「…何?」

「はい、これ」

 俺はポケットの中から1枚の紙を取り出し、小西さんに渡した。



「………はっ…ははははははっ!!」



 小西さんの笑い声が店内に響き渡る。

「そうだな、これは認めざるを得ないな…」

 諦めた様子で、小西さんは紙を返して来る。

「わかってくれましたか」

「ああ、わかったよ。
 ただし、今回限りだからな?」

「もちろん、そのつもりです」

「それならいい。
 それじゃちょっと待っててくれよ、材料を取ってくるからな。



 宿木夫妻さんよ」



 そう言って、カウンターの奥へ小西さんは向かって行った。



 1ヵ月も経った頃、この地域一帯の全飲食店に新たな張り紙が張られる事となる。
 張り紙には



『犬神さん・宿木さん禁止』



 と、書かれているのであった…。









―――数年後



「ねぇねぇおじさん、あの張り紙は何?」

 少年が、幼馴染の少女の父親に向かって聞いた。

「ああ…君が『月音』と付き合っていれば、そのうちわかるよ…」



 『歴史は繰り返す』



 そんな言葉を思い出しながら、明は少年に言うのであった…。



(了)



初出:サイトオリジナル
2008年2月27日

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