ピカッ…



「…ん?」

 キッチンで皿を洗っていた明が顔を上げる。

「…今…光ったか?」

 一瞬、リビングの外が光ったような気がして手を止める…。



ゴロゴロゴロ……



 しばらくの時間差の後、独特の音が聞こえて来た。

「…ん〜…ちょっと遠いかな…」

 音がするまでの時間を考えると、雷雲はまだ遠いようだ。

「…念の為に準備しておくか…」

 そう呟いて、明は皿洗いを再開する。
 先ほどよりも、いくらかペースを上げて…。






秋の雷






ゴソゴソ…



ジィィィィ…



 スポーツバッグに荷物を詰め込み、ジッパーを上げる…。

「ふぅ、こいつを使うのも久しぶりだな…」

 肩にスポーツバッグを担ぎ、立ち上がる明。



シパパパパパ………ズドドドドォン!!



 閃光が外で走り、数秒の間を開けて激しい音が鳴り響く…。
 先ほどよりも雷雲が近づいて来ているようだ…。

「こりゃぁ…本格的だな…」

 窓の外を眺めつつ、明が呟く。



♪〜〜♪〜



 机の上に置いてあった携帯の、着メロが鳴り響く。
 ちなみにメロディは『も○のけ姫』で、初音専用に設定してある。



「来たか…」



ピッ…



「あいよ」

 通話ボタンを押して電話に出ると、電話の向こうから初音の声が聞こえてきた。



『……うぅ〜…明〜〜………』



 普段の初音の声とは違う、何処か怯えた声。

「あ〜、わかってるから…3分で行くから待ってろ」

 明はそう返答して、通話を切った。

「…行くか…」

 スポーツバッグを背負い、明は自室を出て行った。






 明の家から初音の家まで徒歩1分…むしろ30秒もかからない。
 明は念の為に自宅のガス、水道、戸締りなどをしっかりと確認してから初音の家へ向かった。
 初音の家の玄関に到着し、ポケットから合鍵を取り出して鍵を開けた瞬間…



ドバババババ……



 勢い良く雨が降ってきた。

「お〜…ついに降って来たか…危ない危ない…」

 濡れないうちにドアを開け、中に入っていく。
 初音の家の中は、電気が至る所で付いていた。

「あいつ…そこまでするか…」

 しゃあないなぁ…と、呟きつつ電気を消しながら2階、初音の部屋へ向かう。



トン…トン…トン…



 階段をテンポよく上り、明は初音の部屋のドアの前に立つ。



コンコン…



「開けるぞ〜」

 来ると言うことは知っているが、念の為にノックをしてから入る明。

「………はぁ…」

 初音の部屋の中を見て、明が頭を抱える…。
 明の視線の先には、ベッドの上に丸まっている団子虫…もとい初音が居た。

「あ、明ぁぁぁぁ〜〜〜!!!」

 明に気付き、そのままベッドから初音が飛んでくる。

「ぐぉっ!」

 床に倒れながらも、初音をしっかりと抱きとめる明…健気である。

「うぅぅぅぅ〜〜〜」

 唸りながら、明の胸に頭を擦りつける初音。



ピシィ!……ゴロゴロ…



「!!!」

 初音の体がびくりと震え、明の身体を掴んでいる手に力が増す。

「…落ち着け落ち着け…よしよし…」

 初音の頭を撫でる明。

「まったく…もうそろそろ克服しろよ…」

 どうやら、初音は雷が苦手の様子。

「…だって…」

「…今日は一緒にいてやるからさ…な?」

「…うん」






 明が初音の部屋にやって来てから約30分後。

 2人は…

 初音のベッドの中にいた…。



 と、言ってもナニをするわけでもなく、明の腕を枕にして初音が寝ようとしているだけである。



「…まだ電気を消すのも駄目なのか…」

 煌々と点いている電灯を見上げながら明が呟く。

「……暗いと怖い……」

 明のパジャマを、ぎゅっと握りながら初音が言う。

「はいはい…」

 初音の頭を撫でてやりながら、明は昔のことを思い出す…。






 あれはまだ、2人が小学校低学年の頃。
 夜中に目を覚ますと、ずぶ濡れの初音が涙を流しながら自分の腕にしがみついていた。
 何事かと思うと、外では大雨の上に雷が鳴っていて、



 窓が破壊されていた。



 どうやら恐怖と混乱の余り、明が居る場所への最短距離を通って来たらしい。
 初音は泣き止まないし、部屋は水浸しだし…。
 初音にとっても明にとっても、忘れがたい出来事になっていた…。






(それからなんだよなぁ…雷の鳴る夜は泣きついてくるようになったのは…)

 小学生の頃ならいざ知らず、お互いにお年頃である。
 恥ずかしいやら嬉しいやら…複雑な思いをしている明であった。
 ちなみに、1度拒否したら最初のときのように窓をぶち破ってきたので、それは諦めた。



ピシャァン!!



「!!!」

「うぉ!?」

 激しい光と音が同時に発生する…。
 かなり近くに落ちたようだ。

「うぅ〜…」

 初音が唸りながら、手に力を込める。

「今のは近かったな…」

 明が窓の外を眺めた瞬間…



ふっ…



 部屋は闇に包まれた。

「ひぅっ…」

 突然の闇の世界に初音が息を呑む。

「停電か…」

 窓の外は、電灯すらも消えている。
 どうやら、ここら一帯が停電になってしまっているらしい。



ビシャァン!!



 とどめとばかりに稲光が走る…。

「うぐ…えぅ…ぐす…うあぁぁぁぁぁ…」

 暗闇と雷、二重の恐怖が初音を襲い泣き声を上げる。

「よしよし…」

 初音の涙と鼻水でパジャマを濡らしながら、明は初音をなだめる。
 しかし、癇癪を起こした赤ん坊と同様に、初音は泣き止まない。
 明が居てこれなのだから、もし居なかった場合…暴走して部屋を破壊してるかもしれない…。



「…はぁ…」

 しばらくの間、

 初音を落ち着かせる → 雷が鳴ってまた泣き出す → 初音を落ち着かせる

 と言う悪循環を行っていた明であったが、きりがないと思ったのであろう、最後の手段に出ることにした。



「なぁ初音?」

 明が優しく問い掛ける。

「………」

 初音が涙を流したまま顔を上げた。

「雷の音が嫌いなのか?
 だったらこうしたらどうなんだ?」

 そう言って初音の頭の下にあった腕を引き抜き、両手で正面から初音の耳を塞ぐ。

「…光が見えるのも嫌…」

 初音がボソリと呟く…。

「…目を瞑ってても光はまぶた越しに見えるか…」

 初音の耳を塞いだまま明は続ける…。

「………それなら………


 目の前に壁が有れば見えないよな?」



「…?」

 明が言った意味がわからず疑問符を上げる初音…



 が次の瞬間、目の前に明の顔が密着してきた…。



「んふっ!?」



「………」



「んん…」



「……」



「ん…」



「…」



 始めは驚愕に目を見開いていたが、徐々に力が抜けていく初音。
 目も、とろん…として来ている。



「はぁっ…」

「ぷはっ…」

 時間にして数十秒後、2人の顔が元の位置に戻る。
 しかし、2人には限りなく永遠に近く感じられた。



「明ぁ…」

 恐怖ではなく、歓喜の涙を流しながら初音が呟く。

「…どうだ?まだ怖いか?」

「…ドキドキしてて他のこと考えられない…」

「…そっか…俺もだけどな…」
ピカッ…!ゴロゴロ…
「…えへへへ…」

 雷が鳴ったが初音は気にした様子も無く、にやけながら明の頬に自分の頬を擦りつける。

「…じゃ、寝ようぜ…もう2時だ…」

「…うん…おやすみ明…」

 そのままの状態で眠りにつく2人…。



 2人の安らかな寝息が聞こえて来た頃には、雷雲も遥か遠くへ去って行った…。






秋の雷 怯える犬が しがみつく

    落ち着かせるは 愛の口付け



(了)



初出:GTY
2006年9月14日

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