……闇……



……暗い暗い闇の中……



……ワタシはずっと……ここにいる……









ワタシの居る場所









ワタシはこの闇の中で生まれた…

ここは行けども行けども果てには着かない場所…

どう足掻こうとも、どう泣き喚いても、ここから出ることは出来ない…

いくら餓えていようとも…いくら渇いていても…

おそらくワタシはここで消えることになるだろう…






ただ…

まれにこの場所から出れるときがある…

光のある場所へ…ワタシの望んだ場所へ…



外に出たワタシは餓えを、渇きを満たすために走り回る…

周りには生きた肉の塊がいっぱい…

がぶりと噛み付けば腹も、喉も潤すことが出来るだろう…



しかし、私がそれを許さない…

私が持つ理性がそれをすることを拒む…

仕方が無くワタシは、私が許す獲物を求めて走り回る…



そのうち…

どこからとも無く、小動物が目の前に飛び込んで来る…



ワタシは雄叫びを上げながら地鳴りを立てて走り回っているのに…

敏感な小動物であるこの獲物が逃げ出さないわけが無いのに…

まるでワタシを捕まえる罠であるかのように…

しかし、餓えと渇きに我慢の出来ないワタシはそれに牙を立てる…



そして…



喰べ終わる前にまた小動物がやってくる…

またそれを喰う…

幾度と無くそれを繰り返していくうちに、ワタシの餓えと渇きは消えていく…

そしてワタシの意識も消えていく…









次にワタシが気付いたとき…

そこはやはり闇の中…









これを何度か繰り返したとき、気付いたことがあった…

それは、暴れるワタシの傍には、必ず同じ肉の塊が居ること…

ワタシがあの場所に出るたび、暴れるワタシを止めようと邪魔をするその肉の塊…

一度噛み付こうとしたら、私が激しく抵抗をして来た…

よっぽど私の大事なモノらしい…



理解出来ない…

硬い、軟らかいの違いはあるにしろ、肉の塊には違いない…

以前にもメガネを掛けた肉の塊を気に入ったことがある…

アレは余り筋肉が付いてなくておいしそうだと思っただけだ…

所詮、肉の塊は肉の塊だ…









そう…思っていた…

今まではそう思っていた…









しかし、ワタシは気付いてしまった…

コイツはワタシの餓えを、渇きを満たしてくれるモノだと…









あるとき、いつものようにワタシが暴れていると、コイツが飛び出して来た…

ワタシが反射的に口を開くと、ワタシの口の中に何かを投げ込んだ…



それはワタシが今まで喰べたモノの中で、一番おいしいモノだった…

これまで喰べてきた小動物などとは比べ物にならないほど…

ワタシは走り回るのを止め、コイツに『もっと寄越せ』と唸りながら近づいた…

しかし、コイツは手でそれを制した…

何をするのかと思えば…



『座れ』



と、言うのだ…このワタシに向かって…



しかし、コイツの手にある食べ物は魅力的だった…

もう一度…いや、何度でも喰べたいと思った…

だから、仕方なく従ってやった…

そうしたら…コイツは…



『撫でた』



のだ…ワタシの首筋を…



暖かかった…

そして気持ちが良かった…

とても…とても…



『よしよし…いいコだな…』



優しい声で、ワタシを撫でるコイツ…



何故か、ワタシは満たされていく気がした…



あれだけ餓えていたのに、渇いていたのに…



今も餓えている、渇いている…

しかし、コイツが居ればもう餓えることも、渇くことも無いと感じていた…

安心してしまったのだ…

コイツをスキになってしまったのだ…












それからは、ワタシがその場所に出ても走り回ることはしなくなった…

ワタシがその場所に出たときは、必ずコイツが居るからだ…



今もワタシはコイツから食べ物を貰っている…

スキなコイツに撫でられながら喰べるこの時間…

全てが満たされるこの時間…

ワタシはこの時間をとても楽しみにしている…












しかし…ワタシにはわかっている…



ワタシは私の影…



私の心の中に、ワタシは存在する…



つまり、ワタシはいつかは消えるのだ…



おそらく近い将来…

私が大人になるに連れ、ワタシは私に喰べられてしまうだろう…



だけど…



それでもいいと思っている…



以前のワタシ…コイツをスキになる前のワタシなら、無駄と知っていても足掻いただろう…



でも…



ワタシが消えても…



コイツが私の近くに居てくれるなら、ワタシは私と一緒になってもいい…



私がコイツを好きだと言うことは知っている…



コイツも私が好きだと言うことも知っている…



だからワタシが私と一緒になっても、コイツはワタシと一緒に居てくれる…



いつかは消えるワタシという存在…



だからせめて…



せめてワタシがこの場所に居るときだけは…



お前を…



ワタシだけのモノにさせてくれ…









(了)












――――――おまけ――――――






「…よしよし…うまいか?」

『(ガツガツガツガツ!)』



「…あれ、明くんと初音くん…お昼にしては遅いけど?」

 皆本がB.A.B.E.L.の中庭で弁当を貪り食っている、狼形態の初音を見て声を掛ける。

「こんにちは皆本さん。
 実はお昼じゃないんですよ…」

 苦笑いしながら明が言った…。

『グルルルルル…』

 皆本に向かって、四つ足で唸り声を上げる初音…。

「あ、こら、威嚇するなよ…皆本さんは盗らないからさ…」

『クゥン…』

 明が撫でながら制すと、初音はおとなしくなった。

「は、初音くん!?ぼ、暴走してるのか…!?」

 明らかに暴走時の行動を取る初音、しかし何処か妙である。

「実はこの前暴走したときに、持ってた弁当を与えてみたら懐いちゃいまして…。
 それから暴走したときは、弁当を与えるとおとなしくなるようになったんですよ…」



『餌付け』



 皆本の脳裏にそんな言葉がよぎる…。

「そ、そうなのかい…。
 でもお弁当を余分に作れば、明くんの怪我が少なくて済むのはいいことだね…」

 気を取り戻しつつ皆本が言う。

「…ただ…いつ暴走するかわからないので、毎日余分に持っていったら食費が…」

「…なるほど…」

「でも暴走して物壊したときの請求を考えると、トントンだったり…」

「………」

「あ〜…人に怪我させた時とか考えると…でも食材がもったいない…う〜ん…」

「(本当に主夫なんだなぁ…僕も見習うべきなんだろうか…)」

 悩む明に、感心している皆本。



 そして明の膝の上では、食事を終えた初音(いまだ暴走中)が幸せを噛み締めるように眠っていた…。






(了)



初出:GTY
2006年9月5日

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