カー…カー…



 何処かでカラスが鳴いている…。



 ただいまの時間、午前4時ちょうど。



 ごく一部の人々しか目覚めていないこの時間、
 とある家の一室で目を覚ますものがいた…。






2人の日常・他人の非日常






「……あふ…」

 あくびをしながら、ムクリとベッドから身体を起こす1人の少女。
 彼女の名は「犬神 初音」と言った。



 彼女を知っている人々が見たら、意外としか言えないかも知れない。
 しかし、実際のところ彼女の朝は早い。



「う〜…」

 ズリズリと、ちょっと大き目のパジャマ(犬柄)を引きずりながら部屋を出て行く。
 洗面所に入りパジャマを(ズバッ…)

「…明ならまだしも覗きは滅殺…」

 失礼…大型のヒョウに切り裂かれました…。



 無事に(?)シャワーを浴び、再度パジャマを着込む初音。
 そして自室へ戻って行く…。
 まだ外は薄暗いのに部屋の電気は付けず、ベッドの方へ向かって行く。
 2度寝をするのであろうか?
 否、初音はおもむろに窓を開けると、隣りの家に向かって飛び立った…。



トン…



 猫の如く音を一切立てずに、隣りの家の屋根に着地をする。
 そして目の前にある窓を開け、部屋の中へ入って行く…。



ゴソゴソ…



 窓のすぐ下にあるベッドの中へ、既に中で寝ている人物に気づかれないように潜入していく初音。
 …ここまで来ればお分かりであろう…。
 この部屋は「宿木 明」の部屋であり、ベッドで寝ているのももちろん彼である。



「♪」

 寝こけている明に抱きつく形で、ベッドへの潜入を果たした初音。
 そして明の胸のあたりに頬擦りをする。

「う…ん…」

 一瞬、明が身じろぎをするが、再度睡魔に捕らわれてしまう。
 ここで説明しておくと、明の睡眠はかなり深い。
 何故かと言うと、簡単な理由で『疲れている』から。



 朝起きて初音の朝食を作り、そして昼の弁当を作る。
 学校へ行き、授業を受けて初音と昼食を取り、午後の授業。
 帰りは夕食の買い物をして家に帰り夕食を作成、食後に食器を洗う。
 この他にも風呂の準備や掃除、洗濯…。
 ましてやB.A.B.E.L.へ訓練に行ったり、初音の暴走に巻き込まれたりすれば益々疲労が貯まっていく。
 彼は一介の主婦以上の疲労を、一日に作っているのであった…。
 故に彼は目覚ましが鳴る時間までは、何をしても起きることは無いのであった。



 充分に明の匂いを堪能した初音の今度の目標は、明の寝顔である。
 徐々に男らしさを見せるようになった顔を、『じぃ〜っ』とそれこそ穴が開くんじゃないかと思うほど見つめ続ける。



「…傷…」

 頬のあたりに小さな切り傷を見つける。
 よく見ると他にもいくつか傷が見つかった…。

「…昨日暴走したっけ…」

 おそらくそのときに付いたのであろう傷を、初音はペロペロと舐め始める。
 最近覚えた『ヒーリング』能力だ。



「………」

 ふと、ヒーリングを止める初音。
 何か悩んでいる様子だ。
 初音の視線の先を見ると、明の『唇』にかすかな傷を見つけた。

「…役得って事で…」

 自分を納得させ、明の唇をぺろりと舐める。

「…念のためにもう一回…」

 もう一度舐める。

「…もう1回…」

 と、その時…



「う…ん…」



「!」

 明が身じろぎしたのを見て、初音が顔を赤くしつつ少し離れる。



「ん…初音…」



「!!」

 が、自分の名前が出てきたので、一言も聞き漏らさないように再度近づく。

「…見てみろよ…この『犬』人懐っこいなぁ…」



ぶちっ



 明の寝言に初音がキレる。



がぶぅぅぅぅぅぅぅぅ



「(浮気は許さない!)」

 正確には浮気ではないと思うのだが…、怒った初音は明の肩をかじる。



「いだだだだだだ…お、俺が悪かった…お、お前が一番だっ…初音ぇ…」



 夢の中でも初音にかじられているらしく、明が痛みに耐えつつそう言った。

「♪」

 この言葉に機嫌を良くした初音は、明の肩から口を離す。
 傷口を軽く舐めて治し、良い気分のまま2度寝に入るのであった…。






「…暑い…」

 初音が2度寝に入って約2時間…。
 8時ごろになって、ようやく明が目を覚ます。

「冬は湯たんぽ代わりになるが…夏は暑いな…」

 肩をがっしりと掴んで離さない初音を見つつ呟く。

「…何時だ今…」

 部屋の壁にかけてある時計を確認する。

「8…!?
 あ〜…夏休みだったな…もうちょっと寝てっかなぁ…」

 自分に引っ付いている初音に動じない辺り、もはや日常になっている様子。

「…8時ぃ!?
 やばい!今日は皆本さんたちと海に行く日じゃないか!!!
 8時半にうちの前で集合って…初音ぇぇぇ起きろぉぉぉぉ!!」

 時間に正確な皆本さんのことだ、5分前には確実にやってくる…と思いつつ初音を起こそうとする明。
 しかし、いくら声を掛けても初音が目を覚ます様子は無い…。

「くそっ…動けないし…」

 最悪叩いて起こすしかないが、初音が明の身体をがっしりと掴んで(抱きついて)いて動くことも出来ない。

「動け動け動け…動いてよぉ〜!!ってちがぁう!!」

 かなり焦っているのであろう、どこぞのロボットパイロットのように叫んでみるも事態は変わらない。

「すーすー…ん〜…明〜〜〜♪」

 幸せそうに寝ている初音を尻目に、明は悶え続けるのであった…。






キキィ…バタン…



 犬神家と宿木家の前に、1台のワゴン車が止まった。

「え〜っと…ここだな」

 助手席から皆本、後部座席からチルドレン3人が降りてくる。

「ここが初音さんと明さんの家か〜」

「家が隣り同士って…本当にお約束な幼馴染なのね」

「そうやな〜…漫画の中だけかと思ってたわ〜…」

「お互いの両親4人でチーム組んでるからね、家が近いほうが都合が良かったらしいよ」

 そう言いながら、初音の家のチャイムを鳴らす皆本。



ピンポーン



「…反応が無いな…」

「明さんの家のほうじゃない?
 初音さんの食事は、明さんが全部作ってるって言ってたから」

 紫穂が言う。

「そうだな、明くんのほう鳴らしてみようか」



ピンポーン



 今度は明の家のチャイムを鳴らす皆本。
 しかし、またしても反応は無い。

「おかしいなぁ…この時間に来るって言ってあったのに…」

 車の前に戻りつつ皆本が首をひねる。

「…なぁ皆本…何か聞こえないか?」

 運転席に座っている賢木が、神妙な面持ちで皆本へ言う。

「え?」

 そう言われて耳を澄ます皆本、次いでチルドレン3人も耳を澄ます…。



「…離せぇ…」



「…明くんの声か!?」

 微かに聞こえた明の声に反応する皆本。

「皆本!あそこ!!」

 薫が明の部屋の窓を指差す。

「あそこは…明くんの部屋か!?…窓が開いている…?」

「向かいの初音さんの家のほうも窓が開いてるわ!」

 紫穂が初音の部屋の窓を指差しながら言う。

「まさか…『普通の人々』が2人を…?」

 最悪なケースを想像する皆本。
 全員に緊張が走る…。

「…賢木、僕らが明くんの部屋に突入するから、携帯でB.A.B.E.L.へ連絡してくれ…」

「あぁ、判った」

「薫、葵、紫穂行くぞ!」

「おう!」

「はいな!」

「わかったわ!」

「ザ・チルドレン解禁!!」

 皆本が叫ぶと同時に、4人の姿が消えた。









「「「「………」」」」

「………」

「すーすー」



 4人が明の部屋に突入して数秒後…。
 明の部屋では皆本とチルドレン3人、そして部屋の主である明が顔を見合わせて固まっていた…。



「あ〜…うん…邪魔したね…車で待ってるよ…」

 いち早く正気に戻り、気を使う皆本。

「そ、そうだな…」

「そ、そうね…」

「そ、そうやな…」

 顔を赤くしながら、皆本のセリフに同意する3人。

「ご、誤解したまま出て行かないで下さい〜〜〜!!!」

 真夏の太陽の光が降り注ぐ住宅街に、明の半泣きの叫び声が響き渡った…。






「ん〜…明〜〜〜♪」

 そんな喧騒は何処吹く風、初音はいまだ幸せな夢の中…。








(了)



初出:GTY
2006年7月22日

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