じゃばじゃばじゃばじゃば…



「…ふぅ…皿洗い終わり…と。
 ん、こんな時間か…そろそろ初音んとこ行くかな…」

 山のような大量の皿(9割以上初音が使用)を洗い終わった明が、リビングのテレビを見ながら呟いた。
 テレビに表示している時間は『8:45』となっている。
 ちなみに今は夜である。

「え〜っと…」

 がさがさと新聞のテレビ欄を漁る明。

「『もの○け姫』…か…。
 あいつも好きだな…何度もやってるヤツだってのに…。
 ま、一緒に見るって約束しちまったしな…毎回一緒に見てるけど…。
 にしても『も○のけ姫』って、初音そのままだよなぁ〜」

 だから好きなのかねぇあいつは…と思いつつテレビ欄を流し読む。

「野球…?
 延長してねぇだろうなぁ〜…」

 リモコンをいじってチャンネルを変更すると、予想通りに野球の放送が続いていた。

「あ〜…まだ7回表か…。
 こりゃぁ30分延長確定だなぁ…」

 さて、初音の部屋で時間までヒマを潰すか家にまだ留まるか…。
 そんなことを考えていた明だったが、ふと思い立つものがあった。

「今日は熱帯夜だからな。
 初音は暑いの嫌いだし、部屋でうだうだしてんだろうなぁ…。
 時間もあるし、コンビニでアイスでも買ってってやるか…」

 行った時の初音のリアクションを想像しつつ、明は家を出て行った…。






ずっとあなたと共に






「うぅぅぅぅぅ…暑い…」

 明の予想通り、初音は自室のベッドの上でうだうだしていた…。

「今日は満月だから力が増すけど暑いから動きたくないし…それにアノ日だし…」

 …どうやら女の子の事情もあるようだ…。

「う〜…力が発散されないから感覚が鋭くなるし、強弱出るし…」

「…やっぱ、うだうだしてやがったか…」

 初音が声がしたほうへ顔を向けると、ベッド脇に明が立っていた。

「…明…いつの間に入って来たのよ…」

「お前がうだうだやってる間にな」

「…9時10分…映画始まってるじゃない!」

 壁にかかった時計を見て初音が叫ぶ。

「安心しろ、野球延長してるから9時30分からだ」

 確かにテレビを付けて見ると、まだ野球中継が続いていた。

「…なんだ…。
 あ、アイス買って来てるんでしょ頂戴」

 ほっとしたのもつかの間、アイスをせがむ初音。

「アイス買ったなんてよくわかったな…」

「今日は感覚が鋭くなってるから『視える』の」

 どうやら初音の持つ合成能力、『遠隔透視』と『予知能力』が強くなっているようだ。

「ほ〜…だからか…。
 でもな初音よく見てみろ、俺はアイス持ってないぞ?」

「…あれ?
 コンビニで買ったってとこまではさっきわかったのに…。
 え〜っと…明は家を出て、大通りにある一番近い歩いて5分のコンビニに行って…」









「さて、どのアイスにするかな…初音はイチゴで決定と…。
 …俺は…多分半分以上奪われるから…チョコミントにしておくか」

 やさしいなぁ俺って…。
 しみじみ思いながら初音が1番好きな味と、次に好きな味のアイスを選んでレジへ向かう。

「420円です、ありがとうございました」

 店員の営業スマイルに見送られながら俺は初音の家へと向かって行く。

「9時5分か…余裕だな」

 腕時計を眺めながら呟く。

「にしても暑いなぁ…」



キキィ!!



「ん?」



 不意に後ろから大きな音がしたので、俺は反射的に音のほうを向いた。



「え…?」



 俺の目に映ったのは…






 暴走した…






 大型トラックだった…。






ドンッ…!






「…事故…子供が…」



「うぅ…」

 回りの人たちが何か騒いでる…。



「…誰…救急車…」



 そうか…俺はトラックにぶつかって…。
 あ〜…ドジったぜ…。
 今日行けないって初音に謝らないとなぁ…。

「よっ…と…」

 まずは起きないと…。




「…君…動かない…」



 ん?なんだ?
 よく聞こえないんだよなうるさくて…。



「君!!動いちゃ駄目だ!!!」



「え?」






ムネガモエルヨウニアツイ






「あれ?」






ムネニテツノボウガササッテイル






「嘘だろ…?」






テツノボウノネモトハアカイチニソマッテイル






「がはっ…」



 口から血が出て来る…。



「…はっ…本当にドジだな俺って…」



 胸からも血が出て行っているのが判る…。



「…わりぃ初音…」















「えっ…嘘…」

 私は自分の『視たモノ』が信じられなかった…。
 当たり前だ、私の目の前に明は居るのだから…。

「…その様子だと『視えた』みたいだな…。
 良かったよ、今日はお前の力が鋭くなってる日で…本当に良かった…」



 明が言っている意味がわからない…。



「…『視えた』んだろう…?
 お前の力は間違っちゃいない…俺はお別れに来たんだよ…」



 何を言って…。



「…ここに居る俺は残留思念ってヤツだ…。
 精神感応(テレパシー)の最後の力でお前と話してるのさ…。
 最後にお前とだけでも話をして置きたかったからな…。
 普段のお前だったら会話も出来なかっただろうな…」



「…嘘…だよね…」



「…だったら良かったがな…。
 …悪いな初音、もうお前の飯作ってやること出来なくなっちまった…」



「…いい…」



「え?」



「…ご飯なんて作ってくれなくてもいい…。
 …お腹が空いたら自分で作るから…。
 …だから…だから…。
 …ずっと…そばに居てよぉ…」



「…俺だってお前と一緒にいたかったさ…。
 毎日お前の飯作って、一緒に食べて、一緒に訓練をして…。
 いつかはお前と家庭を持つって言う馬鹿みたいな夢もあったんだぜ?
 …それも叶わずに終わっちまうけどな…。
 …ごめんな…初音…そろそろ時間だ…」



 明の姿が段々薄れていく…。



「待って!」



 明の腕を掴もうとするけど手がすり抜けてしまう…。



「あっ…」



「…」



「うぅ…あきらぁ…」



「…初音、泣くな…。
 お前は笑ってるときが1番可愛いんだよ…」



「…うぅ…こう…?」



 涙がこぼれてしまって、変な笑顔しか出来ない…。



「…あぁ、その顔が1番お前らしくて可愛いぜ…」



 明も涙がこぼれた笑顔で私の頭に手を乗せる。



「…初音…またな…」



 明の姿が完全に消える…。



「う…うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



くしゃり…



 もう触れないはずなのに…私は明が頭を撫でた感触を感じた…。






(子)




































「はっ!?」

 気が付くと私はベッドの上に横になっていた…。

「…夢?
 …夢オチなんて最低の作者ね…」

 やけにリアルだった夢の所為か、本当に涙が出てしまっている…。

「…今日は明と映画を見るんだった…。
 それでボーっとしてたら寝ちゃったのか…今何時だろ…」

 まったく…アノ日だから体調も悪い…。

「…9時か…もう始まるのに明まだ来てないのか…」



ぞわり…



 背筋を、何かが這いずるような感覚が起こる…。

「…9時…?
 …野球…延長してる…?」

 テレビを付けると、映画が放映するチャンネルで野球放送をまだしている…。

「…」



 ナニカが…



 ナニカが私に警告をしている…。



「明!?」

 部屋の窓を開け、目の前に見える明の部屋の窓を見るがカーテンが引いてあり電気が消えている。
 リビングのほうを見てみるがそちらも電気は消え、真っ暗だ…。



 おかしい…。
 私の家と明の家は隣り同士だ…。
 歩いて1分もかからない…。
 明を探してみると、コンビニに向かったのが『視えた』。



 コンビニ…。
 夢と同じ…。



ぞわり…ぞわり…



 ナニカ…いや、これは私の『本能』だ…。



 『本能』が言っている…。



 『あの夢はこれから起こる』と…。



『クエェェェェェェェェ!!!』



 私は気づくと同時に『鷹』へ変化し、窓を飛び出した。



 私の馬鹿…!



 部屋を飛び出した時間は9時3分…!!



 もう時間は無い!!!



 コンビニが見えたのと同時に、明が出てきているのが見えた。



 ビニール袋を片手に腕時計を見ている…。



 明の背後にトラックが迫るのが見える…。



 間に合え…



 もう…



 あんな思いはしたくない…!!



 あんな出来事を現実にさせるものか…!!!



 私は今まで出したことの無い速度で、明に目掛けて飛んで行く…。









キキ『クエェェェェェェェェェ!!』



「ん?」



 不意に後ろからの大きな音と、それをかき消す鳴き声が上空からしたので、俺は反射的に上空を向いた。



「え…?」



 俺の目に映ったのは…






 暴走した…






 『大型猛禽類』だった…。












「どわぁぁぁぁぁぁ!?
 たけぇぇぇぇぇぇ!?」

 『鷹』となった私の脚で掴まれている明が叫んでいる。

「初音か!?
 いきなりなんだぁ!?」

 遥か下の大通りでは、大型トラックが事故を起こして騒ぎになっている。

「おい!
 聞いてるのか!?」

「よかった…」

「え?」

「明が死ななくて本当に良かった…」

「死!?
 まさかあのトラック!?」

 明も下に見える大通りの事故に気づいたのだろう。

「私の部屋に戻るからじっとしてて」

「あ、あぁ…」






どさり



 私の部屋に戻り、明を私のベッドの上に落とす。

「お前!もうちょっと優しく…」



がしっ…



 明が文句を言って来るのを無視して、そのまま私は明に抱き付いた。

「えっあっちょっ…。
 …は、初音さん?」

「よかった…。
 明の匂いがする…」

「お〜い…。
 あ〜…色々と当たってるんだが…」

 明が何か言っているけど気にしない。
 今の私は、明がここに存在することを確かめないと気がすまないのだから…。






 私の大好きな匂い…。






 私の一番大事な匂い…。






 もう2度と離さない…。






 ずっと…ずっと…あなたと共に生きる…。




















 あれからもあの『予知夢』らしきモノをたまに見るようになった。
 でも、これは私が明とずっと一緒にいたいと言う想いが起こしている力だと思っている。
 何故なら、あれから毎回見る夢は必ず、

 『食事が出来るのを待つ大人になった私と、一緒に待っている私と明にそっくりな子供たち、
 そしてキッチンで食事を作っている大人になった明の姿』

 と言う、幸せそうな家庭の夢だから…。



(了)



初出:GTY
2006年6月6日

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