ざわざわ…



「…ねぇ…あれ見てよ…」

「…幼馴染みとは言え…ねぇ…」



 俺の名は宿木 明。
 超能力支援研究局、通称『B.A.B.E.L』の特務エスパーチーム『ザ・ハウンド』に所属するエスパーである。
 そして隣りを歩いているのは、幼馴染みでもありチームの相棒でもある犬神 初音だ。



 今日は休み明けの月曜日。
 登校中の俺たちを遠巻きに見ながら、同じ学校の連中がひそひそささやきあっている。
 この状況、隣りを歩く初音は気にしていない様子。
 それを見て、俺は休み中に自分が起こした出来事をとても後悔した…。






宿木くんと首輪と鎖と






 B.A.B.E.Lの施設の中には、エスパーの為の訓練場と言うものが存在する。
 エスパーの能力に対応した訓練はもちろんのこと、格闘訓練、勉学訓練などの施設がある。



 今日は日曜日、明と初音の二人は休みを利用し自主的に訓練場へ来ていた。
 特務エスパーとなった二人は、ここを優先的に利用することが可能であり、
 今日は初音の能力である動物への変化を多様化、それらの実用性を調べる為にやって来ていた。



 午前10時…二人は訓練用の服に着替え、密閉された部屋に居た。
 この部屋は四方をECMで囲んでおり、よほどの負荷がかからない限り外部への破壊が起きない場所である。



「よし…いいか初音、このドアは12時までロックしたからな。訓練が終わったら食堂に直行だ…わかったな?」

 ロックする時間を設定し、ドアが開かない事を確認しつつ明が言う。

「うん」

「よし、じゃあ今日は『アジアの動物100選』の動物から変化だ!!!」

 …どうやら動物辞典を参考にしながら訓練を行うようだ…。






1時間半後―――



 巨大なパンダへと変化した初音は暴走していた…。



『熊鬼神拳!!』

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 …どうやら格闘ゲームのパンダのイメージが強かったらしい…。

『熊三宝龍!!』

「げふっ!!」

 あっ、空中コンボ食らった…。



『ぶもぅ…』

「…初音めぇ…寝坊して飯食い損ねたな…」

 一通りの連携を食らって、倒れながら明は呟く。
 パンダと化した初音の方は、疲れたのか攻撃を止めている。

「昼が近いから食料を持ってこなかったのは間違いだったか…。
 この部屋じゃ動物も居るわきゃないし…どうする…さすがにあと30分生き延びる自信は無い…」

『ぶもふ…』

 休憩が終わったのか初音がのそりと動き出す…。

「くっ…」

 やはり残り時間逃げるしかないかと覚悟を決めた瞬間、明の脳裏に上司である皆本の言葉が蘇って来た。



『―――ムダだよ、超能力は使えないはずだ
 なぜなら―――それもう、お前の身体じゃないから!』



「!!
 これだぁぁぁぁぁ!!!!」

 明を掴みに来た初音の両腕を間一髪でしゃがんで避け、
 自分の腕の影で明を見失っている隙を使ってジャンプして初音の顔に手を触れる。



キュン!!



 超能力を発現すると、一瞬のブラックアウトの後に視線が自分よりも高い位置にあった。
 どうやら成功したらしい。

「…!?あれ!?」

 下のほうで、自分の身体に入っている初音がなにやら騒いでいる。

(ふぅ…身体が入れ替わっているから超能力は使えないし…。
 あと10分少々待っていればロックが解除されるから、食堂に行って何かしら食べれば元に戻れると…)



 しかし、彼は失念していた…。
 確かに身体を入れ替えた場合、お互いに超能力は使えない(明が解除を行うことは可能)。
 だが、超能力が発現された状態で身体を交換するとどうなるのであろうか。
 発現した人間では無い者が強制的に解除すると言うことになるので、『その超能力が削除される』…つまり『破壊される』である。
 そして、その超能力が初音のように自身の身体にまとって使うモノだった場合はどうなるのであろうか…。
 答えは…



プシュゥゥゥゥゥゥ…



「…え?」

 空気が抜けたような音がし、その後…



ドンッ!!!



「きゃぁ!?」

 突然の爆発、なんとか受身を取った初音(in明の身体)はモクモクと煙を上げる今まで自分の身体が有った場所を見据えた…。



「げほげほ…」



 煙の中心から咳き込みながら明(in初音の身体)が出てくる。

「そっか…超能力が発現してたから、力の行き場が無くなって爆発したのか…」

 今後は気を付けよう…などと思いつつ初音のそばに近寄っていく明。

「初音、朝飯はしっかり…」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「だぁ!?な、なんだ!?」

 注意をしようと初音に話し掛けた言葉は初音の叫びにかき消されてしまった。

「な、なんて格好してんのよ!!!」

「は?格好?」

 多少顔を赤らめつつ叫ぶ初音の言葉にハテナマークを出しつつ自分の身体…
 いや、今は初音の身体を見下ろした明が見た光景…それは…



『数年振りに見る幼馴染の下着姿』



 だった。



「ぶはっ!!」

 勢いよく吹き出る鼻血。
 どうやら爆発の衝撃で服が全て吹き飛んでしまったらしい(下着が残っていたのは不幸中の幸いか)。



「……!!」

「ま、待て!これは事故で!何も食べさす物が無かったから駄目元で…」

 無言で右手を握り締める初音へ明は叫ぶ。

「……!!」

「い、今は身体が入れ替わってるんだぞ!!このまま殴れば自分の身体を殴ることに…」

「…………明の手捏ねハンバーグセット」

「……え?」

「…お昼は明の手捏ねハンバーグセット。
 それと午後は買い物に行く事、もちろん明のおごりで」

「うっ…わ…わかった…」

 初音の要求に明はなすすべも無く、承諾するしかなかった。

「それに…」

「ま、まだあるのか…」

「……責任…取ってね…?」






そして―――



「…なぁ…初音…」

「何?」

「俺ら『ザ・ハウンド』としての『証』が欲しいのは判る…」

「うん」

「…なんでそれがペアの『首輪』なんだ!?」

「『ザ・ハウンド』って『猟犬』って意味だから」

「…そ、それはいいが…何故俺の『首輪』に『鎖』が!?そして何故に先をお前が持つ!?」

「…責任取ってくれるんでしょ?」

「うっ…」

 学校はおろか、仕事中でも同様に過ごした彼らの姿を見て『ザ・チルドレン』の少女達が同じ事を皆本にしたとかしなかったとか…。



(了)



初出:GTY
2006年5月19日

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