我輩はヒナである。
名前はまだ無い。
とは言っても、今後名前を付けられることはないだろう。
所詮我輩は、大量にいるヒナのうちの1羽でしかないのだから。
我輩は親の顔を知らない。
殻を破って出た場所は巣の中ではなく、温かい小部屋だった。
周りには我輩と同じヒナが大量に居た。
しばらくそのままで居ると、人間が小部屋の扉を開いて我輩たちをダンボールの中へと詰め込んだのだ。
それが我輩がここに居るまでの全ての話。
生まれてから3日間、我輩はダンボールの中で過ごして来た。
(なるほど、いいセンスだ)
…何か幻聴が聞こえたようだが気にしないでおこう。
ともあれ、我輩はダンボールの中にずっと居るのだ。
これから先どうなるのだろうか。
さすがにこのまま育てられると言うことはないであろう。
ここに居るヒナ全てが大人になったら、密度が高くなり過ぎてダンボールがはちきれてしまう。
とすると何処かへ移されるのだろうか…。
そんなことを考えていると、周りが騒がしくなって来た。
何事かと思っていると、バリバリと音を立ててダンボールの壁の1つが破壊され、我輩たちは外へ追い出された。
周りには大量のヒナたち。
どうやらダンボールは他にも多数あったようだ。
一体何をしようとしているのだろうか。
すると、隣りにいたヒナたちが突然振るえ出した。
「君たち、どうした?
風邪でも引いたのか?」
我輩は心配になって声を掛けてみた。
『………』
しかし、返事は無い。
何か不味い病気だろうか…。
念のために我輩は、震えだしたヒナたちから離れることにした。
『き…気を付けぇぇぇぇぇ!!』
な、なんだっ!?
数歩下がった瞬間、震えていたヒナのうちの1羽が奇声を上げた。
『こんの中に居る雄ヒナたちよぉぉぉ!我の前に並べぇぇぇぇぇ!!』
『『『『『『ピヨッ!!!』』』』』』
叫んだヒナの前に、規則正しく他のヒナたちが並びだす。
『おぉ〜っほっほっほっほっほ!雌ヒナの皆さぁん!アタクシの前に並びなさぁい!!』
『『『『『『ピヨッ!!!』』』』』』
もう1羽叫ぶヒナが現れ、その前にも規則正しくヒナたちが並んでいく。
一体全体、こいつらはどうしたと言うのだ…。
我輩が唖然としていると、叫んだ2羽を先頭にしてそいつらは行進していった。
しばらくそいつらを眺めていると、奥に置かれている2つのかごに別れて入っていった。
あのかごに何かあるのだろうか。
そんなことを考えていると…
ぞわり……
背筋に寒気が走った…。
な、何だ!?
今のは一体何だ!?
何か、生命の危機を感じたぞっ!?
我輩は、恐る恐る寒気を感じた方向へ顔を向けた。
何か…ナニカが居る…。
じぃっとそのナニカを見つめると、どうやらそのナニカは巨大なケモノのようだ。
ケモノ…?
何故こんなところに…?
そう思っていると、そのケモノの目が大きく見開かれた…。
ギラッ…!!
ひぃっ!?
あれは肉食獣の目だっ!!
我輩の本能がそう叫ぶ。
そうか、我輩はこのまま喰われるのだな…。
さして存在しない3日間だけの走馬灯を巡らせつつ、我輩は死を覚悟した…。
『ワカレロ…』
…ん?
何だ?
『ハンブンニワカレ、ソコデオストメスニワカレロ…』
どう言うことだ?
半分に別れた後に、雄と雌に別れろだって?
『ハンブンノオスハミギノカゴニ、メスハヒダリノカゴニハイレ…』
かごとは、先ほどのヒナたちが入っていったかごのことか。
『ノコリノハンブンハ…コノクチニ…』
すぱこぉんっ!
いい音がして、そいつの顔が下を向いた。
『…明、痛い…』
『痛いじゃないわ阿呆っ!
お前、どさくさにまぎれて何喰おうとしてやがるっ!』
『えぇ〜…こんだけいっぱい居るんだからいいじゃん…』
『お前はぁぁぁぁ!
1羽判別につき4円のバイトなんだからな!
お前が喰ったらバイト代が減るだろうがっ!』
『ちぇ〜…』
『わかったらさっさとやるっ!』
『は〜い…』
ざわっ…
再度寒気がして、恐怖心が舞い戻って来た…。
『オストメスニワカレ、カゴノナカニイドウシロ…』
さっきの会話は理解出来ないが、ここは大人しく従った方が良さそうである。
今ここで喰われるよりも、この先に幸せがあることを期待してかごの中に入ろう。
そう心に誓いながら、我輩は雌側のかごへと向かって行った…。
(了)
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