「は〜…ようやく晴れたなぁ」
2、3日降り続いた雨が、やっと上がった土曜日の朝。
横島は事務所へ向かうべく、風を身に受けながらマウンテンバイクに乗っていた。
「ちわーっす」
『おはようご「おはようでござる〜〜!!」
人口幽霊一号の挨拶に割り込む形で、シロが飛び出してきた。
「先生!サンポに行くでござるよ!!」
横島の手を取り、シッポをぶんぶんと振りながら言うシロ。
「来て早々いきなりかよ…。
そもそも、美神さんが許可するわけが…」
「許可するわ」
「…は?」
シロの背後で腕を組みながら言う令子。
その目の下にはうっすらとクマが出来ており、いくらかやつれたようにも見える。
「ど、どう言う風の吹き回しっすか?
と、言うかそのクマは一体…?」
恐る恐る横島が言う。
「ここ数日仕事が暇だったでしょ?
しかも雨続きで外に行くことも出来なかったんで、昨日あたりからうっぷんが溜まってるのよ…。
しょうがないから皆でトランプやって、気を紛らわせてたんだけど…3時までぶっ通しだし…。
ようやく寝たと思ったら、6時くらいから晴れたからってどたばたやってるし…。
今日も特に予定が入ってないから、お昼までに戻ってくればいいわ…。
私はもう一回寝るわ…」
寝不足でふらふらとした足取りで、自室へ戻っていく令子であった。
「…はぁ…。
そう言えばおキヌちゃんとタマモは…?」
普段ならばこの時間帯は、おキヌの作る朝食の匂いがするはずなのだが…。
『おキヌさんとタマモさんも、まだ自室でお休み中です』
横島の疑問に人口幽霊一号が答える。
「なるほど…」
「先生!美神どのの許可も貰えたし、散歩に行くでござるよ!!」
待ちきれない様子のシロが言う。
「はいはいわかったわかった…。
ただし近くの公園までだからな、それより先に行くなら1人で行け」
「う〜…わかったでござるよ」
不満を残しつつも納得するシロ。
そして自分の身体へロープを結びつける。
もちろん、その先には横島の乗るマウンテンバイクが。
「シロ、いっきま〜っす!で、ござるよ〜!!」
「ど、どわぁぁぁぁ〜!!!
よ、横島忠夫…突貫しそうですぅ〜…!!」
やはりうっぷんが溜まっているのであろう、シロは普段の3倍のスピードで走って行った。
シロ、萌ゆる春
ドシャァァァァァァ……!!
土煙を上げて、シロと横島は走っていた。
「シロ!
そろそろ公園に着くから速度落とせっ!」
「わかってるでござる〜!」
横島の言葉にシロが元気良く答えた。
ところが…
ムズ……ムズムズ……
「…ふぇ…」
「どうした?」
何かをこらえるような様子のシロに、横島が声をかける。
「ふぇっっっくしょん!!」
横島の言葉には答えずに、足を止めて高らかと爽快なくしゃみをするシロ。
もちろん親父臭いくしゃみでなく、両手のひらで口元をおさえたくしゃみである。
しかし今はタイミングが悪かった。
走っている最中なのである。
しかも後ろには横島が…。
「どわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ギャリギャリギャリィィィィ!!
突然足を止めたシロに、突っ込むまいとブレーキをかける横島。
しかし、通常の3倍のスピードだったために間に合いそうも無い…。
「でぇぇぇいっ!!」
なんとか車体を斜めに倒し、シロの脇を通り過ごした。
しかし…
ビィン!!
シロをうまく避けたのはいいが、シロに繋がれていたロープによってマウンテンバイクは強制停止されてしまう。
当然、その反動は横島にかかるわけで…。
「ほげぇぇぇぇぇ!?」
健闘むなしく、横島は空を飛んでいった…。
ひゅ〜…
ごっ!
ずざざざざ…!
どごぉっ!
顔から地面に落ち、そのまま滑ってケヤキの根元部分へぶつかってようやく止まった横島。
そんな師匠の様をシロは呆然と見つめていた…。
「せ、先生ぇっ!大丈夫でござるかっ!?」
我に返って横島へ駆け寄るシロ。
「………」
全身を土まみれにして、ムクリと横島が起き上がる。
「いきなり止まるんじゃない、この馬鹿弟子が〜〜〜!!
『車は急には止まれない』と言う言葉を知らんのか〜!!」
ぐりぐりぐりぐりぐり……
叫びながらシロのこめかみを激しくグリグリする…俗に言う『ウメボシ』で攻める横島。
「ご、ごめんなさいでござるうぅぅぅぅぅ〜〜!!」
涙を流しながら謝るシロ。
「ったく…。
俺じゃなかったら死んでるぞ…」
そう言いながら横島はシロを開放した。
「うぅぅぅ…。
突然くしゃみが出そうになったんでござるよ〜」
痛むこめかみを抑えつつシロが言う。
「風邪か?」
「違うでござ……ふぇっくしょん!」
そう言いながらもくしゃみをするシロ。
「う〜…鼻がムズムズするでござるよ…」
鼻が詰まっているのか、息苦しそうにシロが言う。
「それに目も痒いでござる…」
若干涙目になりながら、目をこするシロ。
「…花粉症じゃないのか?」
そんなシロの顔を覗きつつ、横島が言う。
「花粉症?
まさか拙者がそんなモノにかかるわけが…くしゅんっ!へぷちっ!!」
否定の言葉を言いつつ、くしゃみをするシロ。
「わっくし!
わくしょんっ!
ばうっくしっ!!
ばくしょんっ!!
わっふぅ〜!!」
間を置かずに連続してくしゃみを…ってか、くしゃみか?(特に最後)
それはそれとして、本当に花粉症らしい。
だが、今はタイミングが悪かった。
なぜなら、今は横島がシロの顔を覗き込んでいたのである。
と言うことは、シロが放った鼻水とつばは目の前に居た横島が被ってしまうわけで…。
つつ〜…
横島の顔とシロの鼻の間に、光る銀色の橋が掛かる。
「………」
無言でプルプルと震える横島。
「あぅ…」
そんな横島を見て、シロがおたつく。
「師匠の顔面を鼻水まみれにして楽しいかぁぁぁぁ〜!!!」
「あうぅぅぅぅぅぅ〜〜〜!!」
早朝の公園には、シロの頭を両手で抑え前後左右にシェイクする横島の叫び声が響き渡った…。
「はぁ〜さっぱりした…」
ざばざばと、水道で顔を洗った横島。
バンダナをハンカチ代わりに、顔を拭いている。
「う〜…まだ揺れてるでござるよ…」
ずず…と、鼻をすすりながらシロが言う。
「あ〜もう…鼻水を垂らすな…ほれっ!」
横島がシロへ手に持っていた物を投げてやる。
「わっ…。
…これ、先生のバンダナでござるが?」
受け取った物を確認して聞くシロ。
「それで鼻をかめって」
「こ、これででござるか!?」
横島の答えにシロが驚愕する。
「…洗ってあるから汚くは無いぞ」
「そ、そうではなくて…。
ちり紙とかは…?」
「ティッシュは別のことに使…げふんげふん…。
もったいないから、俺は予備のバンダナ使ってるんだ。
バンダナなら洗えば何度でも使えるしな。
それにティッシュで何度も鼻かんでると、鼻の下が荒れてくるから柔らかい布の方がいいんだ」
ある意味生活の知恵なのだろうか。
「で、でも…先生の物を拙者の鼻水で汚すなんて…」
「えぇい!まどろっこしい!!
遠慮せずにさっさとかまんかぁ!!」
横島がシロの鼻にバンダナを押し付ける。
「むぐっ!む〜…ビィ〜ム!!」
観念したシロが高らかに鼻をかんだ。
「はぁ…多少楽になったでござるよ」
「だろう?
今日はそれ使ってろ、明日にでも洗って返せばいいから」
「かたじけないで…」
横島の言葉に、答えたシロの言葉が途中で止まる。
「ん?どした?」
「や、やっぱり新しいの買ってお返しするでござるよ…!」
「は?洗えば別に…」
「いえいえ!
拙者が汚した物を先生に使って貰うわけには行かないでござる!!」
「そ、そうか?」
「そうでござるよ!」
「まぁいいけどさ…。
とりあえず事務所に戻るぞ、外に居たらますます酷くなるだろうし」
「サンポは…」
「今日は無し。
ちゃんと花粉症の対策してからだったら、付き合ってやるから」
「う〜…わかったでござるよ…」
「わかったら帰るぞ〜」
「はいでござる!」
それから先、
花粉症の季節にはマスクと、横島のバンダナを首に巻いたシロの姿があったと言う。
(了)
初出:サイトオリジナル
2008年3月10日
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